『愛花』

その12 同窓会

 ──十年後。

 篠山崇は、ここ数年、医療現場に張り付いて記事を書いていた。
 年月を経るごとにドナーカードの普及が減り、マスコミの取り上げ方も減っていく。これでは移植の世界で海外に頼る現実を変えられないと、取材を開始して数年。漸く、足がかりを掴んだところだった。

 一方、新人弁護士として初めて法廷に立った愛花は、今、崇の旧友がやっている弁護士事務所に入り、夢中になって弁護士修行をしている。
 まさに有言実行。
 一年の浪人の後、CO大の法科へ合格し現役で司法試験にも通った。

 愛花の母が、他人に振り回されるような人生を送ったからだろうか。愛花は人の話を聞かない。全てを自分で決める。後悔しないように。悪く云えば、我が儘なのかもしれない。
 だが誰かが愛花を我が儘だと云うのを聞いたことがない。
 そして、人を羨んで罵ったりするのも聞いたことがない。
 愛花は我が道をゆく。その母親も三年前に亡くなった。愛花は涙を流さなかった。

「愛花。高校の同窓会の通知が来てるぞ」

 珍しく二人が早めに帰宅をすることになった日。とうに定年を迎えていた当時の校長が、本社へやってきた。そこで崇は自宅へと招いたのだ。
 十年という一区切りに同窓会を開く計画が持ち上がっているという。それと元校長は、地元の卒業生の一人に、愛花の事情を話し連絡をするように頼んできたらしい。
 口は堅いから大丈夫だと、太鼓判を押している。
「もう、いいのに」
 と愛花が笑う。
「行くんだろ」
 崇の言葉に、躊躇するのが分かる。
「行ってこいよ」
 すると何かを吹っ切ったように、愛花の表情が明るくなった。
「うん」
 その夜は三人で、かの地を偲び懐かしく語り明かした。

 その一ヵ月後、新しくできた地元のホテルに、多くの同窓生が集まった。
 愛花は遠くから、その輪を見ていた。
 すると、ゆっくりと一人の男性が近寄ってくる。
「よ。久し振り」
「あっ…と、加藤君」
「当たり。校長から愛花の面倒を託されたのは、ボクです」
 そう云って、加藤は笑った。彼は、この町で生きていく人間だ。高校時代を思い出すに、確かに口も堅い。校長の人選は間違っていなかったと、愛花は思うのだった。
「本当は、怒ってた。黙って町を出て行ったこと。でも仕方ないよな。いろいろ聞いて、事情を知って…、分かった。悪かった。お前は、今日の隠れた主役だよ」
「止めてよ」
 愛花は、少しだけ唇をかんだ。

 小さな街の同窓会は、町を離れた者たちを呼び戻したことで、盛況のうちに終了した。
 隠れた主役と加藤は云ったが、それは間違いだった。皆が愛花を見つけると彼女の周りを取り囲む。
 急にいなくなってしまった同級生は、時間がたったことで会いたい同級生に変わったらしい。その上、思いもかけない告白を多くの男から受けることになった──。

著作:紫草

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