『愛花』

その13 再会

 再会。

 その言葉が脳裏をよぎる。
 二人は、お互いをすぐに確認した。

「確か、大崎先生でしたね」
 相変わらず背の高い、十年の年月を感じさせないカッコよさが漂っている。その人は、あの篠山崇、愛花の父親だった。

 大崎は、とりあえず軽く会釈をした。
 だが彼の頭の中では、篠山は未だに、愛花を連れ去った極悪人のままなのだ。愛想笑いの一つすら、出てくる筈はない。
 きっと、篠山には大人気ない奴だと映っていることだろう。
 しかし、そのことには全く触れず、篠山は通り過ぎて行こうとする。

 何故、こんな所で会うのか、そんなことすら気付かない大崎の動揺が、篠山には見えていたのかもしれない。
 相手にしても仕方がないと思ったのかもしれない。
 それとも、篠山の中では大崎のことは、もう過ぎたことなのかもしれない。

「あの」
 気付くと、呼び止めていた。
「はい、何でしょう」
 A5の手帳を開きかけていた手を止めて、篠山が振り返った。
「愛花さんは、元気ですか」
 大崎の中で、精一杯の丁寧語だった。すると篠山は、それには答えず、
「大崎先生、私と話がしたいですか?」
 と云った。

 頭に血が上ったのが分かった。
「いえ、結構です」
 そう云い放ち、足早に、その場を去った。
 大崎の中に、猛烈な後悔の念が浮かぶまでに、五秒とかからなかった。

 何てことを。
 こっちが先に睨みつけてたんじゃないか。
 それでも彼奴は、ちゃんと答えてくれた。それを、無にするような言葉を吐いて、挙げ句立ち去るなんて。
 大崎は、自分が何て愚かなんだと後悔しまくっていた。

「大崎助教授、時間ですよ。今まで、どこに行っていたんですか?」
 そう声をかけられて、漸く現実に意識が戻ってきた。
 ちょっと待て!
 彼奴、何で、こんなとこにいるんだ。

 そこは大崎の上司率いるチームが、新しく発見したウィルスの記者会見会場の通用口だったのである。

著作:紫草

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