『愛花』
再会。
その言葉が脳裏をよぎる。
二人は、お互いをすぐに確認した。
「確か、大崎先生でしたね」
相変わらず背の高い、十年の年月を感じさせないカッコよさが漂っている。その人は、あの篠山崇、愛花の父親だった。
大崎は、とりあえず軽く会釈をした。
だが彼の頭の中では、篠山は未だに、愛花を連れ去った極悪人のままなのだ。愛想笑いの一つすら、出てくる筈はない。
きっと、篠山には大人気ない奴だと映っていることだろう。
しかし、そのことには全く触れず、篠山は通り過ぎて行こうとする。
何故、こんな所で会うのか、そんなことすら気付かない大崎の動揺が、篠山には見えていたのかもしれない。
相手にしても仕方がないと思ったのかもしれない。
それとも、篠山の中では大崎のことは、もう過ぎたことなのかもしれない。
「あの」
気付くと、呼び止めていた。
「はい、何でしょう」
A5の手帳を開きかけていた手を止めて、篠山が振り返った。
「愛花さんは、元気ですか」
大崎の中で、精一杯の丁寧語だった。すると篠山は、それには答えず、
「大崎先生、私と話がしたいですか?」
と云った。
頭に血が上ったのが分かった。
「いえ、結構です」
そう云い放ち、足早に、その場を去った。
大崎の中に、猛烈な後悔の念が浮かぶまでに、五秒とかからなかった。
何てことを。
こっちが先に睨みつけてたんじゃないか。
それでも彼奴は、ちゃんと答えてくれた。それを、無にするような言葉を吐いて、挙げ句立ち去るなんて。
大崎は、自分が何て愚かなんだと後悔しまくっていた。
「大崎助教授、時間ですよ。今まで、どこに行っていたんですか?」
そう声をかけられて、漸く現実に意識が戻ってきた。
ちょっと待て!
彼奴、何で、こんなとこにいるんだ。
そこは大崎の上司率いるチームが、新しく発見したウィルスの記者会見会場の通用口だったのである。