『愛花』
大崎が三ヶ月振りに、かの地に立った。
小さな駅。
そこそこの商業と農業が、上手く兼業されている町。
初めて此処に立った時は、随分田舎に来たと思ったが、今再び立ってみると、良い町だと思う。
目聡い卒業生が近寄ってきた。彼、宮野忠志は、成績は中くらいだったが、人集めの抜群にいい生徒だった。
「先生、みんな来るよ」
という彼の言葉は嘘ではないだろう。
大崎が来ているというニュースは伝言ゲームのように、あっという間に広まった。続々と鳴っている着メロの多さが、先刻の予想が外れていないことを証明しているようだった。
当然、何をしに来たんだ、と質問される。
まさか真実を云うわけにもいかず、休みが取れたから遊びにきたんだと嘯いた。
その日の午後。某チェーン店のファミレスが、急遽、同窓会々場と化した。学校へ行っていた者、アルバイトに行っていた者、仕事に行っていた者。
結局、愛花を除く生徒全員が集まった。
いろいろな話に花が咲く。
しかし一番聞きたい愛花のことは全く話題に上らず、大崎は楽しいけれど、どこか物足りない複雑な数時間を過ごすことになった。
急遽、駅前のビジネスホテルを取り一泊することにした。このままでは帰れない。
夜八時、ホテルを出る。
今度は誰にも会うな、と祈っていた。
少しでも人に会う確立を減らす為、タクシーに乗り込む。控えていた住所を告げるとタクシーは静かに動き出した。
そこには見慣れた街があった。
教師の免許があったからこそ、この町へ来ることになった。教師という立場でなければ、愛花に出逢うことはなかった。それは、どうしようもない事実だ。
それでも、ただの男と女として会う道がなかったのかと思ってしまう。教師である自分だからこそ、生徒である愛花を口説くことに逡巡していた。
根っからの教師じゃないのに、半年すれば教師じゃなくなることが分かっていたのに。何を、躊躇う必要があったんだろう。
小さく息を吐いたところで、タクシーは止まった。
──住所の場所には、電気の消えた古びた平屋があるだけだった。