『あきら]-A』

♪ピンポ〜ン

 ドキン!

 私の心臓が、跳ね上がったように高鳴った。
 時計を見ると、電話を切ってから35分が経っていた。玄関へ向かう息子の足音が聞こえている。

 誰だろう。

 誰だろう・・。

 誰だろう・・・・・。

 私は息子の返事を待てなくて、無意識に立ち上がり、玄関に向かって歩き出していた。そこには以前よりも、ずっとずっと大人びて素敵になった、俊がいた――。

 飛びつきたい衝動を、懸命に堪えた。
「冬子さん、久し振り」
 そう云って笑う、俊。
 熱い想いが込み上げてきて、ポロポロ涙がこぼれた…。

 本当に、本当に俊だった。
 どうして、と聞こうと思ったのに涙が邪魔して話せない。

「ちょっと、連れて行きたい処があるんだ。一緒に来て欲しい」
 思わず、息子の顔を見る。
「いいよ、一緒に行こう」
 私の表情に、心からの笑みが浮かぶ。
「そんな母さんの顔、もう何年も見たことなかったな」
 息子が、そう云って私をからかった。

 俊は、近くに車を停めてあり、私たちは一緒に乗り込んだ。

 程なくして、月極駐車場に車を停め、少し離れた一軒の居酒屋の前で足を止めた。

 何?!

 居酒屋だけど、ちょっと、お洒落なショットバーって感じもある。うまく表現できない。
「ここは、俊さんの店ですか?」
 息子が唐突に聞いた。

 そっか。
 わざわざ、他人の店に連れてきたりしないもんね。
 私は、そんな簡単なことにも気付かなかった。
「そう。十年前、此処に住み込みで置いてもらった。三年働いて、親父さんに譲ってもらって、半分だけ改装して、今に至るってとこかな。入って」

 招かれて、私たちは中へと入った。
 本当に和洋折衷。あっちとこっち、って感じで分かれているようだけど、でも、その境はなく一つのお店になっている。流石、俊だね。

「いいお店だね」
「有難う。冬子さんに褒めてもらう為に頑張ったもんね。報われるな、そう云ってもらえると」
 俊は洋風のカウンターを勧めて、私たちは、そこに座った。

 その時だった。

「ただいま〜」

 思わず声のする方へ振り返った。

  !!

 そこにはランドセルを背負った女の子が、ひとり立っていた・・。

「パパ、お客様?!」
 その子の屈託ない言葉は、私を再び奈落の底へ突き落とすに充分な威力を持っていた――。

著作:紫草

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