――携帯を見る。
現在時刻、11:50a.m.
今日の下校は確か4時。
久し振りに、お昼食べていこっかな。
私は、栄の地下街で時折寄っている、パスタ屋の中へ入る。
おや。すでに一杯の、お客様。私に気付いた店員が一番奥が空いている、と教えてくれた。私は、そのまま奥へと進み席に着く。
「相席、いいですか?」
座るか否かで声がした。見ると、若くてハンサム(!)な男の子が立っている。二十歳を過ぎた頃だろうか。
私は、黙って右手を出して、向かいの席を勧める仕草。
彼は、有難うと云って着席する。
なかなか礼儀正しいじゃないか。ちょっと気分よくした私。
その後、彼が話しかけてきた時、自然に言葉を返していた。
聞くと彼はホストなんだと云う。確かにいい男だ。
しかし、ホストかぁ。オバサンには縁がない。その後は適当に話を合わせ、のらりくらりと言葉を交わす。
「悪いけれど、子供が帰ってくるの。先に失礼します」
私は、そう云って席を立つ。彼は、ここでも有難うと云い、私を送ってくれる。ホストだと思えば、こんな事当然のことか。私は伝票を取ると、さよなら、と残しレジへと向かった。
「二千四百円になります」
えっ?!
店員の読み上げた金額に驚いた。
しまった、ほぼ一緒に入ったから連れだと思われたらしい。
でも、ここで細かく説明するのも、彼の処へ引き返すのも何となく面倒だった。
「じゃ、これで」
私は五千円札を出すと、二人分の料金を払って店を出た・・。私とは、そういうヤツである。
――その日から、約二ヶ月。私は、この彼と偶然にも再会を果たしたことになるのである。
忘れ物をしたわけでもない。
まして、この状況で何をどうすれば、恥をかくことになるのだろう。
流石の私も、頭の中が真っ白になっていた――。
「確か、冬子さん、だったよね」
運ばれたパスタを食べていると、彼が話しかけてくる。
「よく憶えてたね。なら、どうして、さっき名前呼ばなかったの?」
「みんなにバレるじゃん」
彼は、そう云うと、如何にもなウィンクをした。
これが、またキマッているから憎らしい。
「有難う。確かに、その通りよね」
「あれから冬子さんの事、仕事仲間に話したんだ。そしたら、ホストがホストされたって、もう俺のプライドずたずただよ。これでも店じゃ、ナンバー2なのに」
彼は、一気にそう云うと残りのパスタを平らげる。口元、ソースが残ってる。私はテーブルに備え付けのペーパーナフキンで、彼の口を押さえてしまう。
あっ、子供と間違った。
「ほら、また。こんなこと、簡単にするなよ」
ペーパーをクシャっと握り潰し、彼は黙って私を見てる。
「ごめん。子供の心算でつい・・」
「僕は冬子さんの子供じゃありません」
彼は、ちょっと気まずそうに、そう云うとポケットから煙草を取り出した。
「吸っていい?」
「嫌」
即答だった。昔は自分も吸ったくせに、今では大の嫌いになった。
「ごめん」
彼は、そのままポケットへ出した煙草をしまい込み、ちょっとだけ、体を横向けた。
「ね。恥って何で?!」
彼は、あ〜と納得顔で改めてこちらを向く。
「レシート、憶えてる?」
「うん。一緒に書いてあった」
「普通、二人分、払っていかないでしょ。それどころか全額残していく人だっているよ」
へ〜、そうなんだ。知らなかった。世間知らずで、ごめんね。
「かっこいいと思った。冬子さんのこと。すぐに後を追ったんだ。でも分かんなかった」
「それは有難う。今日、会えたから、もう思い残すことないね」
「冗談。ねぇ、店に来てなんて、死んでも云わない。僕と友達になって下さい」
彼は、狭い空間で私に向かい頭を下げた。
その刹那、携帯が、ぶるぶる震え出した。セットしておいた帰宅時間の電車タイムリミット時刻。
「ごめん。もう帰らなきゃ」
「答えは?」
彼の顔は真剣に見えた。だから私も正直に答える。
「・・もう一度、偶然、何処かで会ったなら」
「そんなの無理だよ」
「分かんないよ。今日だって会えたわけだし」
「冬子さん。俺のこと、嫌いなの?」
「好きも嫌いもない。ただホストの友達は必要ないだけ」
彼は小さく頷いて、分かった、と呟いた。
「じゃあ、また」
と彼。
「うん。さよなら」
と私。ほんの少し笑って、小さくバイバイと加えてみた。
席を立ち、伝票を取ろうとしたら私の手を彼が掴んだ。
「奢り」
「そうだったね。じゃあ、お言葉に甘えて、ご馳走様でした」
彼の視線を感じながら、それでも一度も振り返ることなく私は店を後にした。無理矢理渡された、携帯番号とメアドを書いたコースター。
ユリカで改札通った後に、小さく破ってゴミ箱に捨てた。
もう二度と、彼に会うことはないと思っているから。