『海豚にのりたい』

その参「龍の空の章」

2

龍族
 龍族は寿命が長い。
 人の時間とほぼ同じ感覚で過ぎていくが、人の寿命の軽く二倍は生きるだろう。その上、長は選ばれた龍だけの世襲である。現長の治世は、すでに五百年を越すまでとなっているし、次の長を継承できる者は今のところ一頭だけである。
 その龍が、地上界へ降りるという。当然一族がよってたかって阻止しようとしたが、彼の意思は固かった。遂に長老たちも折れ一度だけならと許したのだが、長だけは最后まで反対の姿勢を崩していなかった・・。

 今から、もう何百年も昔のこと。
 当時はまだ長ではなく、次期春宮も決まっていなかった頃の話である。

 現春宮の父親が正体不明のウィルスにその身体を蝕まれた時、長は万物を司る神の許を訪れ“助けてくれ”と懇願した。
 本来、神に会うなどということは許される筈もなく、それぞれの種族を治める長たちだけが、その地位を継ぐ時に挨拶に訪れるのみである。
 しかし、そのルールを曲げてまで一人の男を救いたかった。

 当時、長と彼の二人だけが証しを持っていた。長の地位を二人のどちらかが継ぐことになっていたのだ。
 しかし、そんなことは関係がなかった。長にとって、たった一人の親友だった。何が何でも助けたかった。だからこそ前長に頼み込み、長自身をブラフマー神へ使いに出してもらったのだ。
 話をした時、ブラフマー神は笑っており、友は助かると長は信じて疑わなかった。
 しかしその思いは叶えられず、春宮の父親は亡くなった。その時の原因は今も判ってはいない。

 だからこそ、その後、自ら長を継ぎ、暫くして友の子に証しが現れたと知った時、すぐ春宮に据えたのだ。
 その春宮が地上界へ降りると云う。長には予感があった。春宮が地上界へ降りてしまったら、二度と此処へは戻ってはこない、と。
 だからこそ分かった時に狼狽した。
「何が何でも反対する!」
 いつもの冷静な長には、あり得ない発言であった。
 多くの龍が地上界へと降りて往く。留まる者もいれば、戻って来る者もいる。春宮が戻ってこない、ということが決まっているわけではない。それでも長は往かせたくなかった。
 長に予知能力があるわけではない。ただ時折、やたら勘の働く時があっただけだ。その勘が、春宮は帰ってこないと告げている。
「他に春宮候補はいない。もしワタシに何かあれば、お前はどうするんだ」
 困らせている、と分かってはいた。長の立場を利用しているとも思った。長老たちが、認めると判断した後も反対し続けた。長が駄目だと云っている以上、春宮は降りられない。
 それでも春宮は往くと云い続けた。もう何を云っても此処に留まることはないと思った。ならば、ちゃんと送ってやろうと覚悟を決め、春宮の屋敷へとやってきたのだ。最后のあがきは、先刻告げた通りだ。
 あとは、必ず帰ってこいと言葉をかけるだけだ。

 誰よりも可愛がって育ててきた。頭を下げた春宮に対し、長は帰ってこいとは云えなかった――。

著作:紫草



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