『海豚にのりたい』

その参「龍の空の章」

28


「何、証しって?」
 漸く言葉が出たとはいえ、出てきた言葉はこれだった。
(違う。もっと、別なことを聞こうと思ったのに)
 それどころじゃなかった。

『優作。これ見て』
 ずっと眠っていたと思っていたカイザが、身体を起こす。それに手を貸すと、見てと云われた腕を見る。

 !

 優作は言葉を失った――。
 まず、カイザがとびっきり二枚目の美しい男の姿に変化した。続いて、その右の腕から鋼鉄に見える剣が飛び出していた。あまりの驚きに、何故そんな物が腕に刺さっているのか、聞くことも出来なかった。
『優作』
 すると、今度は長が彼を呼ぶ。優作が振り返ると、同じように長の腕から剣が突き出していた。

(いったい何なんだ!)

『優作。これが証しだ。この剣(つるぎ)を持つ者が、長になる資格を持つ。しかしこのところの発生率は低く、ワタシの後にはカイザ一人に出現しただけだ。これの意味するところがお前にわかるか?』
 長は剣を服の下に隠すと、カイザの剣も隠してやっていた。本来、自分の意思で出し入れができるようだ。それより、カイザの人型に見とれてしまった優作は長の云った言葉の意味に気付くまで、暫し時間がかかってしまった。
「ちょっと待って。じゃ、カイザって…皇太子・・だ」
『こちらでは、春宮(とうぐう)と云う』
「とうぐう・・」
(あっ、さっき云ってた。許さないって)
『そうだ。カイザがどれほど大事な龍か、これで少しは解ってもらえるだろうか』
 長は初めて、その瞳に哀しみを浮かべカイザの身体を抱き締めた――。

 優作の口元が綻んだ。もう仕方がないなぁ、とでも言うように。
「分かった。行くよ。でも、ホントに行けるの?」
 水脈の話は聞いたことがあるが、海の何処にそれがあるのか、優作は知らなかったし、まして自分がそれを抜けられるとも思っていなかった。
『大丈夫だから連れていくんだ。安心して身辺整理をしてこい。カイザが弱っているのは、海の水質によるものだけだ。カイザはお前が戻るまでワタシが見ている。早く行け』
 長が、そう云って優作の体を砂浜へと打ち上げた――。

 きっと長自身が天上界を留守にするのは、いいことではないだろう。それに長にとっても、海水は身体に悪いに違いない。
 それでも長は、カイザと共に待つと云う。
(きっと上へ行ったら、俺は凄い我儘人間って云われるんだろうな〜)
 優作は、せめて一日でも早く行けるよう頑張ることにし職場へ戻った。
 患者の一人一人を引き継ぎ、新しい医師の到着を待って、優作が再び海を訪れた時、約束をしてからすでに二ヶ月の時間が経過していた。

『カイザ。長。来たよ。もう此処に思い残すことはないよ』
 いつものように遠く水平線にカイザと、今回は長の姿もあった。曙が逆光で二人の姿を照らし出す。神々しいその光景は、まさしく龍神様の姿であった。
(この海から“龍神様”がいなくなるのは寂しいけどな)
 一瞬の後に、優作は海底深く沈められており、鼓膜に水圧がかかることで気を失ったようである――。

 カイザの唯一の心残りは、彼こそが、イルカの背に乗ってみたかったということだろう・・。

著作:紫草



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