『海豚にのりたい』

その参「龍の空の章」

9

龍の空
「わ〜本物の竜宮城だ!」
 優作の第一声は、これだった。
 聞いた多くの龍たちは、正直絶句していた。それはそうだろう。水鏡に映る彼は、どう見ても若く見えるだけの中年男性だった筈。今、目の前にいるのは、ずっと若い少年を漸く抜け出したくらいの男だったから。その彼が、こともあろうにこんな事を云っている。

『否、竜宮城は、地上界の御伽話だ。間違うでない』
 一人の老人(?)が優作に向かいそう云った。周囲の龍たちも、それぞれ頷く姿がある。
「何、違うの。じゃ、何て云うんですか?」
『えっ? いや…』
 困っている。みんな困っていると、優作は思った。すると、長(おさ)が豪快に笑い出す。
『屋敷だよ』
 その後、笑いを堪えるように長はあっさりと答えた。
「えっ、ただの屋敷ですか?」
 優作は思ったことを正直に云っただけだ。何故なら、どう見ても竜宮城としか思えない建物が幾つも建っていたからだ。それが全部“屋敷”だという。普通にみなが暮らす家も“屋敷”だという。女たちが棲む後宮のような場所さえも“屋敷”だと。
「そんなの変だよ」
 しかし、その場にいた多くの龍はその言葉に激怒した。皆、口々に罵声を浴びせ優作を問い詰める。その一番は、
『何をしに来た』
 というものだった――。

『その話は済んだことだ』
 長の言葉は、先程のものとは打って変わり、冷ややかに皆の耳に届いた。
「否、長。もう一度、きちんと話した方がいい。それじゃ、ワンマン政治と同じだろ。ここには今どのくらいの龍さんが棲んでいるの?」
 優作が長にそう言うと、多くの龍が怯(ひる)んでいる。
『さん、はいらない。そうだな…ざっと二千頭くらいだ。日々、連絡を受けるわけではないからな。正確には分からない』
「じゃあ、ここに俺を見るために集まった龍さ…龍は特別の龍なんだよね」
『長老だ。皆、役職についているし、水鏡を見ることが出来る者たちだ』
「じゃ龍族の代表だ。このメンバーで集会を開こう」
 優作は至ってのんびりと、長に向かって提案した。

 多くの龍は、その様子を黙って見ていた。いつ長が怒り出すかと、戦々恐々の面持ちである。
 しかし、そんな様子はなく長が優作の意見を取り入れた。ざわざわと、空気が動く。
「じゃ、皆さん。どっか場所移して話し合いましょう。長、何処がいいの?」
 優作の態度に、そこにいた龍たちは度肝を抜かれていた――。

 それから、皆で結婚披露宴が出来そうな大広間へと移動した。ざっと三百人くらいは入るという。そんなところへ二十人で座り込んだ。
(もっと相応の部屋はないのかよ)
 優作の言葉は喉もとでかろうじて引っかかった。長には、小さな部屋へ通したと云われそうで、根底にあるものの違いを見せ付けられそうだったからだ。
 その後、優作はカイザとの暮らしや海での出来事を、できうる限り詳しく説明した。
 長も、カイザの状態を考えて戻ってくることを進めたが、彼は嫌だと云い続けたこと。最后に、長が優作を伴うと云ったことで漸く了承したのだということも付け加えた。
『優作の祖先は、龍族の者だ。彼には龍の血が流れている。それに、彼のメス捌(さば)きは神業と云われているそうだ。剣の代わりには充分だろう。此処にも医師は必要だ。春宮もな』
 長のこの言葉を聞く頃には、どの龍も優作という人間を認めざるをえなかった。その様子を見て、長は反省するしかなかった。頭から押さえ込むように命令しても、不満が残るだけだということに今まで気付かなかった。
 長は改めて優作に感謝することを知った。
『優作。我ら龍族だけでなく、これからも地上界を見守るがよい。お前なら脈(みち)を抜けられるだろう。まさか、若返りの者だとは思わなかったよ』
 長が微笑んで皆を見回した。
「若返りの者って?」
『お前は龍族の血で、先祖還りを起こしたんだ』
 長が、人間に比べるとざっと三倍は長生きするから覚悟をしろ、と優作に話した。目を点にして驚いている優作を、多くの龍が取り囲みいろいろ話をし始めた。多くが名前をつけてくれというものだ。ここでは固有の名はない。優作がそれぞれに名前をつける約束をしていた。長老たちも、やれやれと引き上げ始める。

『ところで、何故“カイザ”だったんだ?』
 と長が、聞く。
「海に坐りこむ、の音読みだ」
『えっ・・それだけか?』
 すると部屋の奥から、声が届いた。優作を心配したカイザが様子を見に入ってきていたのだ。
「当たり前だろ。一男子高校生にボキャブラリーなんか求めるなよ」
 これを聞いたことにより、あたりが静まり返ったことは云うまでもない――。

著作:紫草



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