『夏の幻』

 夏の大好きなサト坊が、この島へやってきたのは、まだ寒い冬のことでした。
 冬の間、早く夏がこないかなと、サト坊は分厚いコートを着て待っていました。
 冬のコートを脱いで、次にやってきた春のコートも脱いで、漸くやってきた夏にサト坊は大喜び。

 サト坊は夏の友だち。
 夏は、すぐにサト坊を迎えいれてくれます。
 半袖Tシャツに短パン。そして釣竿を持って直行です。

 どこへって?
 それは勿論、大好きな海。


 毎日毎日、夏を楽しんでいると、時間はあっという間に過ぎていってしまいました。
 風に乗って、金木犀の香りが漂い始めます。

 また季節が変わろうとしている。

 サト坊は考えました。
 夏が好き。
 ならば自分から、夏を探しに行けばいいのだと。


 必要なものは、自分の両手に持てるものだけ――
 あとは自分の身ひとつ。

 そして夏の終わったこの島から、サト坊は旅立ってゆきました。

〜おしまい〜

著作:紫草

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