続篇『いつまでも我が儘に君を想う』

『邪まな我が儘が君を捉える』

vol.4

 インターフォンを鳴らすとまりんが起きてしまうかもしれない。古都はアパートの中には入らずに、小城乃へ電話をかける。
 小城乃は電話に出る前に、玄関を開けて外に出てきた。
 白いTシャツと青いジーンズ、定番のそんな姿でも、やっぱりカッコいいと思う。
「悪い。急に呼び出したりして」
 小城乃は、古都の手を取ると歩き出す。
「まりんちゃんは?」
「少しくらいなら大丈夫」
 そう言って、程なくしてある公園に入っていった。

 奥まで入っていくとブランコがある。小城乃はその一つに座ると、古都も座れよと隣のブランコを指した。
「櫻木から、古都とつきあうって聞いてる」
 嘘!
 でも、それを否定しても意味はないように思った。彼は櫻木にキスされた現場を見ているから。
「最初は仕方がないと思った。俺にはまりんがいる限り、普通の交際とか恋愛とか無縁だと思ってるから。でも古都にだけは、本当のことを知っていてもらいたいと思ったんだ」
 ちょっと待ってて、と言って小城乃は公園脇にある自販機でジュースを二本買って戻ってきた。コーラをもらい一気に半分ほど飲んでしまった。
 どうやら緊張していたみたいだ。

「古都はあの時、まりんが俺の子だと断定したね。それは何故」
「先輩が嘘を言ったり、冗談を言ったりする人には思えなかった。それを口にしたということは、本当なんじゃないかって」
 そう言うと、小城乃が苦笑いをする。
 そして彼は、まりんの出生の秘密ともいうべき事実を告げた――。

 もともと小城乃の家は開業医の父と看護師の母、そして洸の三人家族だった。
 その頃の洸は、何不自由なく暮らしていたという。
 その裏に父の浮気があったことも、母との不仲も全く気付くことはなかった。
 洸が中学三年の時、一人の女性がやってきた。病院の医師ということだった。いつしか住み込みのような形になり、同じ家に父と女が二人という不可解な家族が出来上がり、流石の洸も父の不倫に気付いたのだ。
 ところが暫くすると、父とその女医の仲も喧嘩がたえなくなり医院の経営も上手くいかなくなっていた。そんな頃だった。その女医は腹立ち紛れに洸と関係を持ったのだ。多感な年頃の男子だ。女の手練手管に叶うわけがなかった。
 結局、洸とのことが父親にバレて女医は家を出て行った。同じ頃、母も離婚すると出ていった。
 高校に入り、そんなことはすっかり忘れていた頃になって、女医が再び現れた。
 その腕に産まれたばかりの、まりんを抱いて。

「DNA検査をすると父は怒鳴っていた。でも彼女は翌朝、まりんを残していなくなっていた」
 医院は廃業状態、そして今度は父が倒れ入院した。
 残されたのは、まりんだけだった。

 言葉をなくしていた。
 古都には何と声をかけていいものか、分からない。
「俺にも父にも身に覚えがある。その上余程の検査をしない限り、どっちの子かなんて判らない」
 勿論、どちらの子でもないという選択肢も残った。ただ父親の治療費や学費、生活費を考えるとDNA検査をするお金が勿体無かった。
 父の話によると、産まれてまだ一週間と経っていないと言う。
 警察にも連絡し女医の勤務先を探したりもした。
「でも結局、見つからなかった」
 小城乃が空になったコーラの缶を、片手で握りつぶす。
「まりんの出生届けは出されていなかった」

 結局、私生児として出生届けを出し、そのまま養子として引き取った。
 その日から、小城乃はバイト三昧の日々だという。
 医院の借金は建物を処分して返済できたが、父親の治療費までは賄えなかったらしい。
「こんな生活の中でも学校だけは辞めたくなかった。だから先生に無理を言って奨学金を申請して通ってる」
 小城乃がブランコを離れていく。古都も後を追うように移動した。
「俺にとって図書室は唯一寛げる場所なんだ。その場所の隅っこに、よく本を読みに来ていた女の子を知ってる。本屋で逢った時、俺は嘘をついた。あの時、古都が好きだと初めて気付いたから」
 泣くなよ、と背中を向けたまま声をかけられる。
 だって、涙が勝手に出てくるんだもん。
「これで全部。まりんの母親とは、もう無関係。でも、もしもまりんが他人だとしても手離す気はないから。俺は彼奴の名付け親だからさ」
 遅くにごめんと小城乃は言い、アパートに向かって戻ってゆく。
「先輩」
「何?」
「私は櫻木先輩と、つきあってはいませんよ」
 小城乃は信じられないという顔をする。
「本当です。櫻木先輩から付き合って欲しいと言われたことはありません」



著作:紫草

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