続々篇『いつまでも我が儘に君を想う』

『愛という名の我が儘を君に託す』

vol.1

 文化祭の初日。まりんとの約束は最寄り駅に八時だった。
 当初、小城乃が直接連れてくると聞き、それだけは止めてくれと頼み込んだ。
 どんな間柄かと聞かれれば、妹と言えば済む。
 でも噂は、勝手なものだ。まりんの耳にどんな言葉が聞こえるかは分からない。それなら最初から自分で連れて行けばいいことだ。
 準備があるから先輩は先に行くって言ってた。どこかで時間を潰して、十時過ぎに学校へ行けばいい。
 角を曲がったところで、まりんの歓声が届いた。
 髪をピンクのリボンで二つに結び、薄い水色のワンピースを着て目一杯おしゃれをしている。
「おはよう。まりんちゃん、今朝は決まってるね」
「まぁね。おにいちゃんに恥かかせられないでしょ」
 なんて、ませたことを言っている。
「じゃ、おにいちゃんに行ってらっしゃいしようか。少し、おねえちゃんとモーニングコーヒーしますよ」
 まりんは言い聞かされていたのか、愚図ることなく元気に手を振った。

 古都は昨夜、二歳という年齢がどんな年に当たり普通はどんな子供なんだろうと考えた。
 でも、ふと思った。
 まりんも自分と同じで、普通の環境では育っていないのではないかと。ならば普通に当てはめるのは無駄である。
 現に、自分自身が周りの子供たちよりも遥かに精神年齢は高いところで育ってきていた。
 父親がいない。その上、未婚の母だった。
 まりんも母親がいない。父と呼ぶべき人は入院が続き、話したこともないと聞く。
 やはり一人の人間として接しようと決めた。
 分からない言葉だけ、優しく言い直す。それ以外は、学校の友だちと同じ。

 少し歩いた所に24時間営業のファミレスがある。
 二人はそこで向かい合い、モーニングセットを頬張っていた。
 そして午前九時四十分、学校へ向かうため、ファミレスを後にした。
 そこにメールが入る。
『そろそろ来ても大丈夫。俺の仕事は一段落したから 洸』
 まりんに携帯の画面を見せる。
 漢字が分からないかもしれないと思い、声に出して読んだ。
 最後の、洸という名前だけはまりんが言った。

 それを聞きながら、初めてもらったメールを思い出していた。
『今日も良い天気だね。でも古都の顔は寝ぼけてる 洸』
 電車の中で古都の顔を見ながらメールを打つ小城乃に、少しだけむくれていた。それが自分宛てのメールで、その上初めてのメールで嬉しいやら悲しいやら、変な気分だったな。
「おねえちゃん、どおしたの?」
「えっ。あ!ごめん。行こうか」

 学校に着くと、校門で小城乃が待っていた。
 彼を確認すると、まりんは古都の手を振り解き駆けてゆく。やっぱり先輩には叶わないよね。
 彼が、まりんを抱き上げたところで女生徒からの喚声があがる。
 今日も忙しい一日になりそうだ。



著作:紫草

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