『いつまでも我が儘に君を想う』

vol.5

 その朝は、噂なんて曖昧なものは通りこしていた。
 何故なら結局、古都は小城乃洸と一緒に登校する羽目になってしまったからだ。それも他の生徒が一番多く登校する時間帯にだ。
「悪い。まりんのせいで、こんな大騒ぎになってしまって」
 校門を入ったところで小城乃が言った。
「私から訪ねて行ったんですから、仕方ないです。それより今日はどうしますか」
「今夜は遅いシフトに入ってないから大丈夫。ありがとう」
 それを聞きながら、少しだけ残念だなと思う自分がいた。
 この不思議な感覚は、何だろう。
 小城乃が、じゃあと手を上げて三年の昇降口へと歩いていく。その背中を見送りながら、多くの生徒が毎朝こうしてため息をついていたことも、古都は初めて知ったのだった。

「おはよう」
 と誰にともなく声をかけ、教室に入る。
「どういうことかな」
 聞くのは当然という顔をした由起子が近寄ってきた。
「秘密」
「そんな〜」
 ただ古都が秘密という言葉を使ったら、何を聞いても答えないことも長年の友はよく知っていた。
 仕方ないか、と呟きながら諦めようと呟いている。
「じゃ一つだけ。先輩と付き合ってるの?」
 古都は、にっこりと笑顔を見せ再び秘密と言うだけだった。

 一度騒ぎを起こしていることもあってか、上級生からのお呼び出しもなく、古都は至って平凡に一日を終えた。
 放課後は図書館へ行こう。
 そんなことを考えているとマナーモードで携帯が揺れていた。
 見ると見知らぬ番号が告知されコールしている。
 誰?
 かなり迷ったが切れる様子もなく、出るだけ出て黙っていようとボタンを押す。
――古都。洸だけど。
 先輩?
「どうしたんですか」
――まりんが熱を出したらしい。俺、七時まではバイト抜けられないんだ。もし用事がなかったら…
 時計を見ると、まだ五時前だ。
「何まどろっこしいこと言ってるんですか。すぐ迎えに行って病院連れて行きます」
――ありがとう。本当にごめん。
「謝る暇があったら保険証とかどうしたらいいか、教えて下さい」
 古都は携帯を握りしめながら、鞄を手に走り出していた。
 昨日訪れたばかりだったので、保育園での手続きも簡単にまりんを引き取ることができた。
 小城乃は、主治医はいないって言ってた。なら自分の行ってる医院がいいと、近所の医者に診てもらう。
 大したことはなく、たぶん風邪だろうということだったが熱が下がらなければ明日また来るように言われた。
 もう内緒ってわけにはいかなかった。
「ママに言わなきゃね」
 まりんの寝顔を見つめながら、古都は覚悟を決めたのだった。

 七時半過ぎ、小城乃が迎えに来た。
「今夜は動かさない方がいい。心配だろうから一緒に泊まって。その前に一度帰って明日の仕度をしてきて下さい」
「古都…」
「大丈夫。母には電話して、ちゃんと説明しといたから。四時頃帰ってくるけど驚かないでね」
 そこまで言ったら、突然小城乃に抱き締められた。
「先輩…」
 泣いてるの…!?
 でも何も言うことなく、小城乃は出て行く。すかさず、その背に声をかけた。
「早く戻ってきてね」
 振り返った小城乃は、あゝと相変わらずかっこよく決めて歩いて行った。



著作:紫草

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