『いつまでも我が儘に君を想う』

vol.6

 寝不足も三日続くと、慣れてくるもんだな。
 朝方帰宅した母は、起きていた小城乃を見ると一目で気に入り、好きなだけ居てもいいと上機嫌だった。そして、まりんの顔を覗きこみ、この様子なら大丈夫だろうと言う。
 どんなにちゃらんぽらんしていても、高校生二人よりは言葉の重みが違うと思った。
 二組しかない布団を並べて敷いているので、母の分の布団がない。どうするつもりだろうかと思っていたら、さっさと出かける仕度を始める。
「ちょっと何処行くの?」
「お店。ママに話したら泊まっていいって言ってもらったから。ここで四人じゃ狭いでしょ」
 そうだけど、普通置いていかないでしょ。この場合…
 そう思っていると耳元に囁かれた。
「カッコいい子だね。押し倒しちゃえ」
「ちょっと〜」
 まりんちゃんが起きちゃうよ、と残して母はひらひら手を振りながら出て行った。
「ごめんなさい。何だか、莫迦な母親で」
「ううん。羨ましい。母親って良い思い出がないから」
 小城乃はそう言いながら、まりんの傍らで横になる。
「明かり消すね」
 まりんを挟んで横になると、まるで親子のようだなと思った。
 でも逆算して、それはないかと慌てて打ち消す自分に笑った。
(私、何考えてんだろ)
 結局、うとうとしただけで眠れない一夜となった。

 朝、熱も下がって絶好調を取り戻したまりんは、動物園に行きたいと言い出した。
 さっすが子供って本能で生きてる。
 小城乃が帰ろうと説得するも効果はなく、保育園は休まなければならないので彼も今日は休むという。
 結局、今日は一日家で遊んで、動物園は日曜日に行くということで話は決まったようだ。
「先輩。そうしてると本当のパパみたい」
 軽い気持ちで言った言葉に、固まっている。
 あれ、地雷踏んだ?
「俺の子って言ったら、どうする」
 驚いて言葉をなくす、って言葉を伝えられず言葉を失っていた。
 嘘だよね…
「やっぱ引くよな。俺の子じゃない。でも俺が育てていく子だ」
 小城乃の言葉は強烈に、古都の心に響いた。
「お母さんはいないって言ったよね。お父さんは入院中。まりんちゃんは誰の子なの」
 小城乃は淋しそうに笑った。そして何を聞いても、もう何も答えてくれないだろうと思った。
 朝御飯を食べて、二人は笑顔で帰って行った。
「ありがとう。もう迷惑はかけないから」
 小城乃のそんな言葉に傷ついても、それを口にしてはいけないと思った。
「先輩は、みんなのアイドルでいなきゃね」
 まりんは屈託のない笑顔を向けている。今日は小城乃が休むと聞いて、上機嫌の最上級だ。
 子供…
『俺の子って言ったら、どうする』
 あの先輩の言葉に嘘があったのだろうか。
「待って」
 古都は慌てて後を追う。
「私、信じる。先輩の言葉、全部。だから本当のことを言って。まりんちゃんは先輩の子ね」
 まりんが早く早くと彼を呼ぶ。肯定も否定もせず、小城乃は去っていった。
 失恋した。
 たった今、失恋した。
 でも、暫く忘れられそうにない。
 だから忘れるまでは忘れない。
「先輩。優しい気持ちをありがとう――」

 ――遠くに、古都の声を聞いた。
 こちらこそ、ありがとう。本当の自分たちを受け入れてくれて。
 学校の図書室の隅っこで、よく本を読んでいる子だった。あの本屋で見かけた時は本当に驚いた。思わず知らない振りしたりして。
 しっかり制服着てるのに、莫迦なことを言ったもんだ。
 でも、そのお蔭で恋心に気付けた。
 胸の奥に秘めた恋にもし終わりが来るとしたら、それは古都に男ができた時かもしれない。
 それでも…

 いつまでも我が儘に、君を想うことを許してくれ。
【了】

著作:紫草




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