『祭囃子』

第二章「秋祭り」

10

 翌朝、目が覚めるといつものように夕子が台所に立っている。夕子の強さはこういうところだな。何があっても翌日には立ち直る。否、心の中では違うんだろうが少なくとも表には出てこない。
「あら、光。おはよう」
「おはよ」
「昨夜はごめんね。宮子ちゃん、気にしてたでしょ。でも私のことは気にしないで。二人は別れることないのよ」
「夕子」
「冬馬に甘えただけ。今まで誰にも云わなかったから、ちょっと吐き出しただけ。恋人だもん。冬馬を責めないで。でも光が宮子ちゃんの甥っ子とはね。いやぁ驚いた。世の中狭いわ」
 話しながら手際よく食卓に朝食が並んでいく。
「夕子。今日、仕事なの?」
「うん。午前だけ。午後はお休み」
 デートだよ〜ん、とふざけているところを見ると本当に楽しそうだ。小さく「いただきます」と手を合わせ食事を始める。
「光。私は過去に囚われることはないと思う。光人のお母様が亡くなってしまった以上、もう私たちと山科家を繋ぐものはないの。光が宮子ちゃんを最後まで守りきれる自信があるのなら、あえて伝える必要はないわ」
 ふと背後に気配を感じ振り返る。扉に寄りかかる冬馬がいた。
「おはよ」
 と俺。
「おはよ、光」
 と冬馬。
「コーヒー入れようか」
 と冬馬がカップを取り出す。
「宮子ちゃんは?」
「まだ眠ってる。明け方まで眠れなかったから」
「光は徹夜?」
 夕子の顔が、心配そうに俺を覗きこむ。
「少しうとうとしたくらい」
 冬馬が、ハイとカップを差し出した。ちゃんと俺のカップ。こんなことでも今の自分にはひどく嬉しい。潤んだ瞳を慌ててティッシュで押さえる。
「光、昨夜は悪かった。周りに振り回されるなよ。自分の気持ちに正直に生きればいい。俺がそうしたように」
「冬馬」
「光は認めてくれたじゃん。俺の気持ちを知って、夕子のこと任せるって。あの時、本当に嬉しかったんだ」
 夕子の隣に当たり前のように座るようになった冬馬もずっと悩み苦しんだ。きっとみんな大なり小なり問題を抱え解決しながら生きていくんだよな。そう思うと少しだけ気持ちが軽くなる。
「ありがと。いい方に考える。今判って善かったって」
 その言葉を待っていたように、夕子が立ち上がる。
「じゃ行って来る。片付け、よろしく」
 夕子が冬馬の頬にキスをする。
「行ってらっしゃい。二時に神社な」
「うん」
 穏やかな時間だった。いいもんだな、夕子が幸せそうで嬉しい。
「おい!鼻の下、伸びてるぞ」
 思わず、顔が赤くなる。
「それを云うなら冬馬だろ。」
「俺は赤い顔なんてしてないもん」
 テーブルを挟んでひとしきりの痴話喧嘩。
「光。何か困ったことがあったら必ず云えよ。これでも代理だかんな」
「うん」
「彼女の境遇を思えば、今一番光が必要だ。親戚だなんて感情は全くないんだ。大丈夫だよ」
 俺は小さく頷いた。そう何も変わらない。大丈夫。自分に言い聞かせるように何度も呟いていた。俺は大丈夫。じゃ宮子は‥絶対大丈夫だ。

著作:紫草

inserted by FC2 system