『祭囃子』

第二章「秋祭り」

2

 校内キャンパスには、試験日程の終了と共に人だかりが出来ていった。

「あ!」
「こんにちは。その節は、どうも」
 驚くなかれ、そこに、あのコーヒーぶっかけウェイトレスが立っていた。
「ごめんなさい。あの時は本当にごめんなさい。何とお詫びをしても足りないくらい、ごめんなさい」
 とにかく深々と頭を下げ続ける彼女。何だか、こっちが悪いことしてる気分になってくる。
「おい。やめてよ。一回でいいよ、ごめんは。それも今更云ってもらってもね。マスターが代わりに頭下げてくれたから。もういいよ。それより、もしかしてここの学生?!」
「うん」
 歩こうか、と話すと彼女は素直に頷いた。俺たちはキャンパスを歩きながら話が弾みやがて街まで出てきた。
「今、何回生?」
「三回生。でも多分ダブるから来年も三回生‥やね」
 ちょっとビックリ。
「ひぇ〜年上かよ」
「えっ?! そうなん?」
 彼女もまた少し驚いた表情を見せる。大丈夫、俺も結構驚いてます。
「一回生。入ったばっか」
「てっきり上か、あっても同じかと思うてた。マスターが褒めてたし」
「マスターが?!」
「クリーニング代、返しに行かはったって!?驚いてたよ。今時あんな子はいてないって」
「それは褒めすぎだな」

 俺たちは何となく気が合って、その後場所を転々と変えながらずっと話していた。そして最後に俺の家まで辿りついた。
「送るよ。これじゃさかさまだ」
「上がっちゃ駄目?」
「もう遅いし、家の人心配するだろ。また今度来いよ」
 と俺がわざわざ云うくらい確かに遅かった。何故なら、すでに九時をまわったところだったのだ。結局試験が終わってから彼女は帰っていないわけだしな。聞けば両親と暮らしてるんだ、もうそろそろホントにやばいって。
「家に帰らないことなんて、よくあるし。光君が気にするとこ違うし」
「そういう訳にはいかない。俺、いちお一人暮らしだから」
 人並みに生身の男だぞ。分かってんのか、この姉さん。
「どうして? 家に帰りたくないの。光君とこが駄目云うなら他を当たるまでのこと。送ってくれへんでも構へんし。ほな」
 と、きびすを返し駅へと向かう。
 冗談だろ。慌てて彼女の腕を掴む。
「おい。本気か?」
「はい。もう一週間帰ってないし、今更ね」
「分かったよ。上げるから家に電話しろ。それが出来なきゃ家まで送る」
 彼女は渋々ながらも頷いた。入る時、ちょうど隣のおばちゃんに会い、
「妹さんかい!?」
 と尋ねられ、彼女が、
「はい、そうです」
 と答えた。いい加減なことを云うな、と云いたいところだったが変に突っ込まれても困るので、にへらっと笑って誤魔化した。
 部屋に入って開口一番。
「あんな、へらへらしてると変態に見られへん?」
 全く誰のせいじゃ。

 そんな俺と彼女〜山科宮子(やましなみやこ)が恋に落ちるのにたいして時間はかからなかった──。
 何がそんなに良かったんだろうな。
 でも痴話喧嘩に花が咲き、周りを巻き込んでの大騒ぎは今にして思えば何て楽しかったことだろう。
 そして宮子が忽然とその姿を消すまでの三年間、俺たちは誰からも羨ましがられる恋人同士だった。否、少なくとも俺はそう信じていた──。

著作:紫草

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