『祭囃子』

第二章「秋祭り」

3

───東京
 幼稚園から高校までを共に過ごした友人、悪く云えば腐れ縁の左近冬馬(さこんとうま)と、久し振りに繰り出した繁華街。三軒梯子して流石に飲み過ぎ、酔い醒ましにとバス亭の後ろにあるベンチに座って話していた。
「で、就職もあっちにしちまったのか?」
「あゝ」
 二人でポカリを分け合いながら冬馬の話に耳を傾ける。
「夕子。怒ってないのか?」
「自分の好きなようにしろってさ。もしかして見捨てられたかな」
 目を閉じベンチの小さな背に体を預ける。冬馬は少しだけニヤッと笑って、
「違うだろ。信用されてるんだ。うちなんか未だにアレコレうるさくてな。切れる青少年作り出してるのは意外と親じゃないかと思う事があるよ。それに比べるとさ、夕子はいつもカッコいいよな。俺、忘れられね〜もん。高校ん時、煙草吸ってるのが見つかって親にド叱られてお前んとこ転がりこんでさ。煙草が如何に害のある物かって一晩話し合って。それでも吸いたきゃ三年待ちなってさ。結局俺吸ってないんだ。あんな写真見せられちゃな、目の前ブラブラして死にたくね〜ってガキながら思ったもん。所詮好奇心のかたまりってヤツだったよな」
 酔っ払いの話はくどい。特に冬馬の夕子の話は長いしな。
「ちょうどあの頃亡くした患者さんの病名が肺癌だったんだよ。あいつは毎回感情移入するから、たまらなかったんだろ。冬馬が将来肺癌で死ぬ姿を想像してさ、こう」
 俺は、手を空中に差し出しもがき苦しむ様を表現しようとする。
「やめれ。ホントに想像しちまいそうだ」
「悪かった」
「いや。でもさ、いっつもそうやって話しあってるじゃん。それこそ普通の親が避けて誤魔化そうとするとこまでさ。それが誰よりもかっこよかった。お前が戻ってきたらまた三人で会えると思ってたのにな」
「んな事云って俺は関係ないだろうに」
「そうだけど、やっぱ光いないと淋しいじゃん」
 ん!?
「嬉しいことを云ってくれるね〜でも、そのうち帰ってくるつもりだから。それまで待ってろ」
「あっ、戻ってこれんだ。よかった〜」
「莫迦!抱きつくな。おい離れろって、酔ってんのか!?」
「俺は素面だ!」
 と豪語する冬馬は、立派な酔っ払いであった。

 その時──。

 少し離れた所にある一軒のキャバクラから見覚えのある女が出てきた。
 宮子だ。
 俺はその場に友を放り出し、宮子の許へと駆け寄っていた──。

「こんな所で何をしてるの?」
 声を掛けると、宮子はひどく驚いた顔を見せ次にその顔を背けた。そしてそのままこちらを向くことなく、たった今面接を受けてきたのだと云う。
「ここで働くのか?」
「ちょっと条件が合わなくて、ここは無理みたい」
 俺は、大きく一つ溜息をついた──。

「思わぬ再会ね」
 暫くして宮子は振り返り、こう云った。
「いきなり消えるから、どうしたらいいのか、ずっと考えてた。ただ捜しようがないんだ。あの時、俺は宮子のことを何も知らないことに初めて気付いた」
 小さな宮子の体が更に小さく見える。見慣れないピンクのワンピースを着て、髪も茶色に染まってる。抱きしめたくて、手が動きそうになるのを必死にこらえていた。
「光が云いたくないことは云わんでもええって云うから、ずっと甘えて何も云わへんかったのは私。黙って、あの家を飛び出したのも私。私が悪いの」

「ね、家へ来ない?」
 俺は唐突とも思える感じで、宮子を誘った。
「えっ」
 当然、宮子の顔は驚いている。
「勿論、予定があるなら無理にとは云わないけれど」
「予定かぁ。職探しを続ける、という予定なら当分終わりそうにないしな」
「じゃとりあえず来いよ。その、ちょっと待ってて」
 俺は宮子の返事を聞く前に勝手に決めてしまっていた。そして数十メートル先の植え込みで熟睡している友を担ぎ上げると、
「こいつも、もれなく付いてくるけどね」
 と笑った。

著作:紫草

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