『祭囃子』

第二章「秋祭り」

8

 その日の夜。珍しく時間通りに帰宅した夕子を交え、手巻き寿司パーティを開き飲んで食べて大騒ぎ。楽しい食事の後片付けも夕子と宮子が引き受けてくれた。
 俺は冬馬と卒論の話をしていた、そんな時。

 ガッシャーン!

 キッチンで凄まじい音がした。
 俺たちは反射的に立ち上がりキッチンへ飛んで行くと、グラスや皿が見事に割れそこかしこに散乱していた。
「どうしたの?」
 と冬馬が声を掛ける。珍しく夕子が狼狽している。
「とにかく片付けるから、冬馬は夕子と宮子をリビング連れてって」
 俺の言葉に冬馬は従い「ああ」と返事を残し二人を連れ出した。
 それにしても一体何があったんだろう。

 一通り片付けてリビングに戻ると、ソファには宮子の姿があるだけだ。彼女の隣に座り出来るだけ穏やかに声を掛ける。
「何があったの?」
 すると宮子の表情も浮かないようで、
「よく分からへん。父や兄姉のことを教えていたら、突然食器のせてたお盆がひっくり返ったみたいやの。ごっつ音がして、振り向いたらおば様の様子が何や変やった」
「振り向いたって?」
「洗い物をしてたから、私はおば様に背中を向けてたの」
「出てくるまで待つしかなさそうだな」
 宮子も頷くしかなかった。
 そうは云ったものの、二人はなかなか部屋から出てくる気配がなかった。腕組みをし待っていると、自然とこちらも口数が減ってしまう。長い時だった。
 一時間程して、漸く冬馬だけが部屋から顔を出した。すかさず声を掛ける。
「遅いよ」
 冬馬は右手を小さく上げて、ごめんと謝る。
「夕子は?」
「眠らせた。ちょっと動揺してたから」
「動揺って」
 そう云われて俺の方が動揺してしまう。
 あの夕子が動揺か? 親父が死んだ時すらも、ありのままを受け入れた夕子が動揺するってどんな時だよ。
「なぁ光。お前、親父さんのことどこまで知ってる!?」
 唐突に冬馬にそう切り出され、不安な気持ちが飛んでしまう。
 でも冗談ではなさそうだ。一先ず正直に答えることにする。
「何も知らない。結婚する前に病気で死んでしまった事だけだ」
「名前は?」
「光人。俺の名前は、その一文字だから」

「‥光人?!」
 それまで黙って聞いていた宮子が、突然声を張り上げた。
「何? 宮子」
「光のお父様って、光人って云うの?」
「うん」
 それを聞くと今度は宮子が明らかに、がたがたと震えだした。

「おい。どうしたんだ?!」
 俺は宮子を抱きかかえ、冬馬に尋ねた。
「一体何がどうなってる?」
 すると、冬馬はそれには答えず声音を変えて問いかける。
「光。俺はお前の親友で、その上父親代理だよな」
「‥何を云う」
「だから俺から話す。多分、宮子ちゃんも気付いた筈だね」
 そう云って、冬馬の視線は宮子に移る。腕の中の宮子が小さく頷くのが分かった。
「光。お前にとって宮子ちゃんは“叔母さん”だよ」
「へっ?!」
 聞いた途端、俺の頭の中はまさしく真っ白になる。
「光の父親の名前は山科光人。宮子ちゃんのお兄さんだ。宮子ちゃんは、お前の父親の異父妹なんだよ」

著作:紫草

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