『祭囃子』
9
そして、月日は流れ───
「元気でね」
と私。
「あゝ夕子も。ちゃんと連絡しろよ」
「それは、こっちの科白でしょ」
「よく云うよ。仕事に没頭すると何もかも忘れちまうくせに」
あはは〜 と私たちは笑い合った。
私たち──。
私、村崎夕子と、彼、村崎光(むらさきひかる)。
そう、私と光人のたった独りの愛息子。
ここは、東京駅新幹線ホーム。
「もういいよ。乗って。で、肌で感じてきて。お父さんの生まれた街を」
「うん。遊びに来いよ。母さん」
「ひぇ〜止めて。くすぐったい!」
「母さんは母さんだろ。こういう時くらい云わせろよ」
「否、いい。産んだだけの人間を親とは呼ばないわ」
私は光にウィンクをする。
「相変わらずだな」
その時、発車ベルが鳴り響いた。
「じゃ行くよ」
「光。離れていても私たちは家族だからね。愛してるよ」
私は光に抱きついた。
「ば〜か。止めろ。本物の恋人同士になっちまうだろ。じゃな」
私は抱きついた腕を振りほどかれ、ホームに残された。
いつも思うけれど新幹線って可愛くないわよね。
受験の時も、合格発表の時も、そして部屋探しの時も私はいつも見送ってばかり。つまらない。云われるとは思ってたけれど、やっぱり入学式も「来るな」って。
そこまで必要されないと、もはや親の存在理由があるのかという気にさえなるわ。
くそ〜 やっぱり淋しいじゃないか‥。
京都にも同じ桜は咲いているのかしらね〜
産まれてから今日まで本当にほったらかしだったのに、よくぞ育ってくれました。光人のコピーの様に外見も内側もそっくりで。甘えていたのは私の方よね。光がいてくれて本当に良かった。
光の姿が見えなくなった列車の後姿を、線路の続く限り見送った。
さあ、仕事に行こう。
光のこれからの大学生活が、幸多かれと祈りながら私はホームを後にする。
見ると、長い階段を大汗をかきながら上がってくる人影がある。光の親友だ。
残念!また、間に合わなかったね───。