『祭囃子』

第三章「春祭り」

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───四月十二日。数学準備室。

 ガラッと音がして若菜が入ってくる。呼び出したのだ。思い切り職権乱用ってやつだ。その時俺は窓際にもたれかかっていた。

 何か違う気がする。
 その答えが漸く見つかった。

「全く仕様がないなぁ。本人です。間違いありません」
 若菜はそう云うと編んでいた髪の紫のリボンをほどいた。腰まで届く黒髪がバサッと音を立てなびいた。何ともいえない香りが辺りを包み込む。香水じゃなかった。いつも何の匂いだろうと思っていた。これは若菜自身の匂いだった。
 そうだ、やっぱり若菜だ。そして俺は若菜を愛している。
「もう駄目だ、Kissするぞ」
 そう宣言して一歩、また一歩と若菜に近づく。若菜も、何も云わずその場にたたずんでいる。
「先生」
「宝雪。宝物の宝と吹雪の雪と書いて宝雪」
「たかゆき…」
 俺は迷わず若菜を抱き寄せた。骨がきしむ程強く抱き締めた。人をこんなに愛おしいと感じたのも初めてだった。教師を辞めてもいいと思った。

 もう待てない。

著作:紫草

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