『祭囃子』

第三章「春祭り」

24

 その晩。
 俺は久し振りにおじちゃんと枕を並べた。
 子供の頃はよく遊びに来てた。お祖父ちゃんという感じはなく(まぁ当然といえば当然だが)祖母ちゃんに会いに行くという感じだった。
 親父もここは祖母ちゃんの嫁ぎ先というより、学生時代の友達んちってノリのままだったし、おじちゃんのお父さんもお母さんも俺を本当の孫のように可愛がってくれた。
「俺ってさ、みんなに愛されてたんだね」
 思わず言葉になってた。
「何を今更なことを云ってるんだ。いいか。お前は、たった一人の選ばれた子供なんだ。光と宮子ちゃんにとっても。夕子と俺にとっても、それと、俺の両親にとっても。山科さんには実の子が二人いたんだけど、出来が悪くてってよく云っててさ。宮子ちゃんが一番可愛いって本心で云ってた。今も子供らは結婚してない。当然孫はいないから山科さんにとってもかけがえのない孫なんだよ。だから宝と名付けた。みんなの宝だから。そしてこの結婚を許してくれた山科さんに感謝をこめて、雪彦の一字をもらったんだ」
 そう云われると自分が凄い存在になった気がする。確かに俺がいなければみんなの人生は全く違っただろう。
「俺は生まれてきて良かったんだろうか」

 ボコッ

 痛い… 今ゲンコツで殴ったろ。両手で頭を抱えると、隣のおじちゃんを見た。

 にやり

 おじちゃんの嬉しそうな笑い顔が見えた。忘れてたよ。よくこうやって殴られて親父のとこに逃げてったっけ。
「夕子が云った。血が近いと五体満足で産まれてこないかもしれないって。でも宝雪は五体満足どころか、平均以上の資質を持って産まれてきた。だから宝雪は生まれるべくして生まれたんだ。それに光だって無事に生まれたのは奇蹟なんだ。お前は選ばれたんだよ」
「え?! 親父が何?」
「光人さんは白血病だった。抗癌剤なんかをガンガン投与されてた。そんななかで授かった子なんだ。でも光はあの通りどこにも異常なく生まれた。その上宝雪だ。解れよ、お前、頭いいだろ」
 何か、もう言葉が見つからない。有難う。もう大丈夫。本当に大丈夫。ちゃんと自信持って生きていけるよ。
「それに葵のことを考えてやれ。あの子に罪はない」
 そうだね。俺も人の子の親だった。同じ思いはさせたくない。
「もし、俺がもう少し大人だったら親父は話してくれたかな」
「あゝ後で会った時に聞いた。悩んだって。幼くても男だと思ったりまだ早いって思ったり。結局何も云わずに出てしまって可哀想なことをしたって云ってた」
「だよな。でも今の俺ですら、いっぱいいっぱいだ」
 素直にそう思った。
「許してくれ。あの時、もし仮に知っていたとしても俺には光を止めることは出来なかったろう。漸く見付けた時も、連れ戻すことが出来なかった。俺には光の生き方を否定することは出来ないんだ」
「もういいよ、おじちゃん」
 年甲斐もなく熱くなってしまった、とおじちゃんが笑う。俺も今朝訪ねて来た時とは雲泥の差だ。晴れ晴れとして気分がいい。

「親子して、一体何やってんだろうな」
 えっ?!
「夕子もさ、最初に光人さんに会った時、医者から長くて半年だって聞かされて、その場で面倒みることに決めてたって云うんだ。せめて家族が来るまでは看病させてもらおうって。それがいろいろあって結局誰も来なくてさ。今思えば山科さんにも事情はあったんだけど、誰も来ないってことに変わりはない。だから最期まで私がいたって。簡単に云うんだ。それまでの仕事も殆ど出来なくて、貯金で暮らしたらしい」
「貯金?」
「そう。光人さんには嘘ついて結局クビになってよかったんだけど、俺には信じられなかった。光だってそうだ。簡単に死人になることを選ぶ。とんでもない親子だよ。俺には絶対真似出来ない」
 やれやれ、とおじちゃんが大きく息を吐く。
「祖母ちゃん、クビになったの?」
「あゝ。今でいう流行最先端のインテリアデザイナーだったのにあっさりと辞めちまうの。でも光人さんが死んで医者になるって思った時、プータローしてたから予備校行ったりも出来たし学校に通えたんだからな。世の中、何が幸いするか分からないもんだよ」
 知らなかった。祖母ちゃんはずっとお医者さんだと思ってた。
「おじちゃん。その話いつ聞いたの?」
「光のことか」
「否、祖母ちゃんの方」
「高校の時だな」
「高校生?!」
「俺、十八でプロポーズしてっからさ」
 !!
 敵わないなぁ。どうして俺の周りにはこう凄い人ばっかりいるんだろう。そう思うと思わず口元が緩んだ。

「おい!」
 突然、おじちゃんの声が飛ぶ。
「えっ?!」
「そんな光とおんなじ極上な顔で、凶悪に笑ってんじゃねぇよ」
「ヒドいなぁ。折角尊敬してる真っ最中だったのに〜」
 俺たちは今まで背負ってきた総てのものを、お腹の底から笑い飛ばした。

著作:紫草

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