『指環綺譚』
母の話は、こうだ。
自分の手元にあるリングは、昇り龍の猫目石。そして、それは元々一対をなし降り龍の猫目石が、それだという。つまり愛の持っていた、あのリングだ。
母は、家を訪れた愛の指に、あの猫目石のあることが信じられなかったという。似た物を着けているだけかもしれないと、折に触れ指環の話を愛に聞いていたらしい。
しかし、どう見ても其れはあの猫目石であり、間違いなく片割れの猫目石だと知った時、愕然としたそうだ。
そして母は知ったのである、紛れもなく愛が自分の産んだ娘であるという事実を。
私は一瞬母が何を云っているのか、理解する事が出来なかった。
愛の母の残したリングが、母の物だというのだ。そのことが意味するもの‥。
しかし、この事実を認識した時、私は何故愛が逝かなければならなかったのか、漸く納得することが出来た。
愛は──、血の繋がった妹だったのである。
初めて出逢った陸橋の下、彼女に対して感じた特別な想い、それは血が呼ぶものだったのだろう。確かに運命ではある。互いのことをまるで知らない兄妹が、この広い東京の土地で偶然巡り合ったのだから。
何も知らなかった私たちは、それを恋だと勘違いしたということなんだろうか。あれほど愛した愛への想いは、兄妹の本能が起こした幻だったのだろうか。否、そうではない。
全てを知った後でも、私は愛を忘れられない。