『指環綺譚』

懺 悔

 あの日、愛のいなくなったあの日。
 母は彼女を呼び出していた。特に口止めをしたわけではなかったというが、結果的に愛は、母に会うということを誰にも告げずに家を出た。

 ホテルの一室で、愛にリングの事を話したという。頭のいい愛は、それが何を意味するのか、すぐに悟ったらしい。
「赤さんを産ませるわけにはいかないの」
 という母の気持ちは、愛にも判ってもらえたという。ただ、それが自殺という形で成就されるとは、流石に考えてもみなかったらしいが。

 母は、娘と孫を失った。
 私は‥、全ての愛≠失った──。

 それでも母は、息子の子供を娘が産むよりは、こうなった方が良かったと云った。
 そして、母のしてきたことを許して欲しい、と云った。浅はかな母、愚かな母。
 何てことはない。
 父は全てを知っていたのだ、母の家出も出産も。だが、まさか愛が其の子だとは思わなかったという。私だってそうだ。
 愛の話を聞いた時、彼女の母と自分の母が同一人物とは考えてもみなかった。

 よく考えれば、私たちの名は二つで一つだった。れんとあい、─恋愛─。
 私が本名を隠したりしなければ、否、母が嘘をついたりしなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。
 全ての人の罪を愛が独りで背負って、そして逝った、あの指環と共に──。


著作:紫草

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