『指環綺譚』
母が嫁ぐ日、祖母から渡された一対のリングは、決して離してはならない物であった。
それを母は知らなかった。祖母が亡くなる時、一つしか持っていないことを不安に思い、母に話したそうだ。
昇り龍は陽。降り龍は陰。そう、光と影。別々にした途端、影は全ての不幸を招き入れると云われている──。
母は何とかしてリングを取り戻そうとしたが、臆病者には所詮無理な話だ。
相手の男も良い人だったとはいっても、決して裕福な暮らしではなく、もし本当の身分を知り綾辻の家に財産があると知ったらどうされるか、母には自信がなかった。
それでも、災いが本当にあるのだとしたら、会わないわけにはいかないと、覚悟を決め出掛けて行ったのだが、男はすでに引っ越した後だった。捜そうにも大袈裟にすることも出来ず、結局分からずじまいとなってしまった。
確か、その引越しはおばあの為だった筈だ。少しでも病院の近くがいいだろう、と愛の父親が決めた引越しだ。
母は誰かに相談しようにも、恐ろしくて出来なかったとも云った。
後に愛を知った時、もっと早くに真実を告げていたら、と嘆いたらしいが、この子なら全てを判ってくれる広い心を持っている、と思ったともいう。
勝手なもんだ。愛はまだハタチにもなっていなかったのに。
こうしてリングの伝説通り、愛は私達の全ての影をあのリングに封じ込めた。
子は女の子だった。
私は、その子に「めぐ」と名づけた。
今、めぐは母の胎内で綾辻の墓に眠っている、あの、龍の猫目石と共に。
あれから二十年の歳月が流れた。
おばあは、あの二年後他界した。息子も孫も、天寿を全うさせてやることが出来なかった、と最期まで自分を責めていた。
他に身内のいなかったおばあ。おばあの死をもって篠崎の家は絶えた。
それに引き換え私の両親は未だ健在、事業も成功を収め、まさに運命を二分したような結果になったわけだ。
しかし、セピア色になってしまった便箋と色褪せたブルーのインクで書かれた最后の手紙と、そして愛の全てを、私は今も狂おしい程に『あいしている』。