『ほたる』

 田舎の実家へ行くのは久しぶりのことになる。
 一年前、突如両親を事故で亡くし、その後すぐに就職で家を離れた。もともと親が持ってた2LDKのマンションがあったので、そこに引っ越すと同時に新入社員としての苛酷な生活が待っていた。
 安西俊哉、二十三歳。誕生日がくると、二十四になる春だった。

 実家には兄夫婦が同居していたし、それほど気にすることもなく、あっという間に時が過ぎていった感じもある。ただ、そろそろ法事だろうと思って連絡を取ろうとしたが、兄の携帯も義姉の携帯も勿論自宅の電話も音信不通の状態だった。
 何か嫌な予感がした。

 とりあえず土日の休みを利用して帰ることにした。携帯は相変わらず不通のままだ。
 行けば、きっと事情が分かる。気持ちが重くなるのを押しとどめ、それほど深刻なことにはならないと自分に言い聞かせていた――。

 実家は昔よくあった引き戸で、鍵こそ新しいものに変わっているが、やはり古い平屋に近い二階建ての家だった。
 鍵を開け、玄関の戸を引く。
 開けた瞬間、何とも言えない、重い空気のようなものを感じた。
 今日は土曜日だ。兄の達哉も休みの筈だ。

「兄さん」
 声をかけながら、ゆっくりと先に進む。
 玄関を上がると目の前に居間がある。廊下を右側に進むと仏間もあるのだが、とりあえず居間の襖を開いた。

(臭い)
 異臭がしている。
 居間は改築した為、左側にそのままキッチンに繋がる襖があるのだが、今は取り払われていた。
 近寄らなくとも分かった。異臭の原因は台所だ。
 流し台を始め、コンビニのビニール袋や弁当やカップ麺の空容器が辺り一面に転がっている。

 もう何日もここに人がいたようには見えない。
 俊哉は、その場を離れ仏間に行く。開け放たれた仏壇の中には、枯れ切った仏花があった。

 携帯を出す。メモリーから達哉の携帯に電話をかけるが、やはり電源は入っていないと告げられた。
 携帯をジャケットのポケットにしまうと、とりあえず埃のたまった位牌を取り出し、引き出しの中にある晒しで拭った。
 思わず位牌に問いかけてしまう。
 どうなってるんだよ、と…。

 仏花はどうにもならないし、あの流しも洗った方がいいだろうな。俊哉は花立を手に、再び台所に戻った。
 ゴミ袋を持ってきて、とりあえず捨てるものを入れていく。かなり大きな袋があっという間にいっぱいになっていく。
 少し流し台に近づいてきたな、と思った時だった。

 何?

 何かが動いた。
 それは微かな動きでしかなかったが、俊哉は迷わずゴミを投げ出し冷蔵庫の脇にある空間を覗きこんだ。

「あつ!」
 そこにはぐったりとした甥の篤がいた。
 暫く声をかけていると眉間が動いた。ほんの少し安堵し救急車を呼ぶ。
「な、うみは?」
 篤は首を横に振る。姪の洋だけは連れていったのだろうか。とりあえず飲まず食わずでほっておかれたのだろう。
 篤を抱き、道路を挟んで設置されている自販機に飲み物を買いに行こうとすると、何故かそれを嫌がった。
「何か飲もう。こんなとこ、置いていけないから、一緒に行こうな」
 そう声をかけても、返事もできないくらい消耗してるのに、やはり首を横に振る。
 そうこうするうちに救急車が到着した。

 当然、救急隊員は俊哉にいろいろなことを聞いてくる。
 しかし何も分からないのだ。何故、篤がこんなことになっているのか。兄夫婦がどうなっているのか。何も説明できることはない。
 篤はその状態から、すぐに点滴を打たれた。暫くすると、話ができるようになったらしく、看ていた救急隊員に何かを告げていた。

 次の瞬間、その隊員が振り返り声を上げた。
「もう一人、いるようです」

 それからは、洋を捜す為にあっちこっちを開けまくった。
 洋はいた、兄夫婦の寝室のベッドの下に。正に瀕死の状態で発見された――。

 あれから更に一年が経った。
 俊哉は篤と洋を養子として引き取った。その方が育てていく上でよかったからだ。

 義姉の行方は警察が見つけた。
 彼女はネグレクトになっていたという。両親がいた頃は手伝ってもらっていたのでよかったのだろう。その二人が突然いなくなり、全てを放棄したと話している。
 兄は行方不明だ。何があったのか、分からないまま。

 そのまま、ただ叔父と甥、姪として引き取ることも考えた。
 でも育てていくという責任は同じなのだ。ならば戸籍ごとまとめて面倒みてやろうと思った。

 二人は、この春から新しい保育園に笑顔で通いだした。
 それは暗闇のトンネルの中で、一縷の望みを残した蛍の光りのように映った――。
【了】

著作:紫草

NicottoTown サークル「自作小説倶楽部」より 6月分小題【トンネル】
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