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色香4 『欠落』番外編T

 父の会社がどんなものか、幼い南條花音には分からなかった。
 ただ、毎年夏休みに小さな子供たちを誘って、工場見学をさせてくれていた。その工場が父の経営していた会社の系列だということも、その時は知らなかった。

 今思えば、何故その年、花音はその見学会に参加していたのだろう。
 記憶が曖昧で、夢の中の花音は気付けば工場の機械の前に立っている。機械音は静かで、父と一緒に回る作業着のおじさんが色々な説明をしていた。
 花音が子供たちの集団ではなく、父に近い所にいたのも分からない。幼稚園の年長さん。少しだけ友だちよりも優位にいるような、誇らしい感覚も確かにあった。

 長いロングの髪は、その頃女の子たちの間で流行っていて、殆んどの女の子は長く髪を伸ばしていた。勿論、花音の髪も背中を蔽い隠した。夏は洋服の色も様々で、まるで毎日がファッションショーのような華やかさだ。
 母の買ってくる洋服はどれも可愛くて毎日が楽しみで、そして自分がすごく可愛くなったような気がしていた。
 そんな傲慢な気持ちにも気づいていなかった…

 その時は、突然訪れた。
 あっという間の出来事で、何かを考える時間はなかった。

 花音は背後にあった機械に巻き込まれ、そして右腕を失ったのだ――。

 転落の人生。
 腕を欠落したことだけでは終わらなかった。
 花音を助けようとした父は、代わりに機械の犠牲になった。母は責めた。
 やがて父の弟と再婚した彼女は、生まれた弟妹と花音を明らかに区別し育てるようになる。
 でも、仕方ない。
 だって、父を喪ったのは花音のせいなのだから。

 繰り返し告げられた「幸せになる資格はない」という言葉は、花音のなかにしっかりと刻まれた。何かある度ごとに顔を出し、そして苦しめる。もう失ってしまった腕が痛むような感覚。自分ではどうにもならない苦しみ。
 人を愛することも、人から愛されることも、望んではいけない自分…

 真っ白なレースのついたミニのワンピース。肩についたレースには、綺麗な花の刺繍が施されていた。
 記憶ではない。
 夢の中で、その真っ白なワンピースが真っ赤に染まってゆく。砕ける骨の音と、失っていく腕の痛みと、そして父と花音の絶叫。

 あれから幾度も季節は巡り、現在右腕には義手が在る。
 最近の義肢は優秀で、人工皮膚もパッと見には本物に見えるし、動きもスムーズ。成長過程に合わせて作り続けた義手がいくつになったか、もう数えたくはない。
 人と関わることを恐れて、ずっと当たり障りのない人間関係を保ってきた。

 ちょっと違うか。最初に真実を告げた人には、その場で罵倒され振られたっけ。
 でも、それからは本当に人を寄せ付けなかった。彼が現れるまで。
 会社の部署に、異動でやってきた後輩。三枝和紗。
 顔がいいとか、性格がいいとか、そんな噂の前に、まだ同じ部署にくることも知らない時点での邂逅。
 異動の前日。
 父の墓参に出かけた先に、彼はいた。両腕から溢れんばかりの大きな花束を抱えて。
 墓地では、知らない人に会っても会釈をする。それは暗黙の了解だ。ただ声をかけることは滅多にない。だが。

『ちょっと多すぎたみたいです。嫌でなければ、飾ってもらえませんか』
 少しだけ微笑んでそう言った彼は、一旦下に置いた花束を解くと数種類の小さな花の束にして花音に差し出した。

『花に罪はないから、貴女の手向ける方に一緒にお願いします』
 その気遣いは少ししか花を持参しなかった花音には有難く、本当はすぐにでも受け取りたかった。
 でも、左手には水桶。動きの悪い右腕には小さいとはいえ、すでに花を持っている。これ以上のものを持つのには不安がある。
 一瞬躊躇した後、嫌だと思われたくないと、そう感じた。だから告げた、人生で二度目の告白。

「ごめんなさい。私の右手、義手なんです。これ以上は持てません」
 きっと嫌悪の表情が浮かぶと思った。そう自分のなかで予測し、覚悟もした。なのに…

『あ。じゃあ、お墓まで運びますよ。どこですか』
 そう言って花音の持つ水桶と花も一緒に受け取り、歩き出す。
「あの、待って…」

 気付けば共に互いの墓碑に合掌し、そのまま食事に行くことになった。更に携帯番号とアドレスを交換するという、花音の人生においてありえないことのオンパレード記念日となる。そのまま、その日のうちにナンパされ…
 彼の中に見たものは、無償の愛。

 帰ろう。
 残業を終えた、一人の夜。和紗は花音の部屋にいる。生まれて初めて渡した合鍵を、使う和紗の指を思った。
【了】

著作:紫草

NicottoTown サークル「自作小説倶楽部」より 2012年4月分小題【愛】

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