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『夏だけの恋じゃない』6
-番外編-


 メールが届いたことを知らせる音が鳴った。
 充電のため、離れた場所に置いてあるスマホまで歩く。穂積遼一はカレンダーを確認し、今日は何の話かなと思う。
 メルマガもろくにこない自分のスマホにメールがくるのは、村崎和音からくらいだ。親は電話しかかけてこないし、兄弟はメールだが頻繁にはない。
 彼女のメールは次に逢う約束が多いが、中には見たままの面白いことや綺麗なことも報告してくる。
 今夜はもう遅い。
 介護をしているご両親は寝ているだろうから、自分の部屋にいる筈だ。ならば次の休みの話だろうかと思いつつ、メールを開く。

―電話して。

 何だ。
 話がしたかったのか。

 その場でコールする。
―遼ちゃん。大変。
「どうした」
―泉ちゃんが結婚する。

 以前、遼一の働くコンビニにバイトとして来ていた女の子の名だ。鏑木泉。
 バイトを辞めてからも和音と連絡を取っていて、時々一緒に食事をすることはあった。だからといって遼一自身が連絡を取り合うことはない。和音経由で話を聞いていただけだ。
 しかし、いきなり結婚って。
「報告があったのか」
―うん。もう何年経ったのかな〜 初めて会った時はまだ大学生だったでしょ。
「いや。高校生だったんじゃないかな」
―そうだっけ。早いね。

 確か、池袋の映画館が新たにグランドシネマサンシャインとして入ったと聞いて、Qプラザに出かけた時だった。
「懐かしいな」
―二十五になったかな。付き合うようになってからも長かったね。
「そうだね。確か両方の家族が一緒になって同居してるって言ってたよね」
―そそ。就活しながら息子さんとも話し合って、寂しい思いをさせるよりはってなって、泉ちゃんの家族が白城さんのお家に引っ越したの。

 古いけれど、そこそこ大きな家だったらしい。
 泉一家はマンション暮らしだったから、その後は貸しているという話だった。
 息子は光流と言ったか。そろそろ中学だろう。それで再婚することになったのだろうか。
「で、お祝いをするって話か」
―うん。今度、ご飯奢るって言ったら、遼ちゃんも一緒がいいって。
「俺は土日だったらいつでもいいから。和音ちゃんが決めていいよ」
―は〜い。決めたら連絡するね。
「分かった」
―じゃ。おやすみなさい。
「おやすみぃ」

 相変わらず無駄のない話で終わる。
 前に、好きだよと付け足したら、冗談でも言うなと言われてしまい甘い会話はなくなった。
 照れ屋さんなんだよな。ま、それもいいけれど。
 人の結婚のお祝い。自分には縁のないものだと決めつけているから仕方がないし、現実問題、とても無理だろう。
 ご両親の介護は想像以上に大変みたいだから。

 それにしても、泉が結婚ね。
 高校生でも今時の子というより、箱入り娘という感じの素直で優しい女の子だった。
 和音の話では光流との関係もよくて、反抗するような態度を見せるようになったと話していた。
 反抗は愛情の裏返しだから、反発してくるくらいの方がいいらしい。
 何て呼んでいるのかは知らないが、和音に相談にきていた時は、呼び方なんてあだ名だから気にするなと話していたのを憶えている。
 お祝いね。
 和音が何か買いに行こうと言い出すだろうと思いつつ、その夜は床についた――。

 約束は比較的、早いうちに決まると思っていた。
 ところが、その予想は外れ暫し和音と音信が途絶えた。メールを送っても返信がなく、電話を架けても不在となる。履歴は出ている筈なのに折り返し電話がこない。ご両親に何かあったのかもしれない。毎年、夏の終わりは体調を崩すと言っていたから。
 それでもかれこれ半月になる。遼一が連絡を取らなくなる時は一月くらい空くことがあったろうか。
 普段、逢えない時間を寂しいと思うことなどない。そこまで若くもないし。ただ今回だけは話が別だ。泉との約束が待っている。返信のないメールを続けるしかないと覚悟を決め、何かあれば知らせろよと付け加えた。
 こういうことがあると近所に引っ越してしまおうかと思う。実は付き合い始めてすぐに、その話をした。その時は断られた。新鮮味が薄れるという理由だったか。
 あれから数年。親の年は重なっていく。自由になる時間は減るばかりだ。
 いっそ、もう一緒に暮らそうか。そう思ったところで止めておこうと思い直す。

 逢いたいな。

 彼女もそう思っていてくれたらいいと思いつつ、スマホを置いた――。

 二ヶ月後。
 結局、何の連絡もないまま時間は流れた。そして突然、店に和音が現れた。
「久しぶり」
 と背中に声を聞いた時、商品を棚に並べているところだった。そのまま手を止めることなく、振り向くこともせず、何してたのと聞いてみた。
 嬉しすぎて、瞳が潤んでいるのを見られたくなかった。
「父が施設に入所したの。叔父さんと叔母さんが援助をしてくれることになったから。慣れるまで大変で連絡できなかった。ごめんね。泉ちゃんにも謝りに行こうと思うの。一緒に行って」
 外で待ってると残し彼女は店を後にした。こちらの予定は一切聞かない。
 まあ、最近では元気にしているならいいとしかメールをしていなかったからな。きっと怖くて他に何も聞けなかったのだろう。
 恥ずかしがらずに、ちゃんと顔を見てやればよかった。仕事が終わるまであと二時間だ。
 今日の上がりは午後三時。ちゃんと分かって訪ねてきたのだと思うと、やはり顔がニヤけてしまうのだった。

 泉が和音にいろいろな話をしていた頃、彼女はかなり年上の男性との恋愛に悩んでいた。
 その上、保育園に通う子供もいて、すんなりと交際が許されるわけがなかったのだ。それでも静かに待っていた。
 時が熟したということだろうか。付き合うことを許してもらって、それからは楽しそうに報告を受けていたようだ。
 たぶん、まだ大変な時間は続いているのだろう。それなのに今日、来てくれたのは泉のお蔭だと思う。有難い。

 時間になり外に出ると、和音は道路の反対側にあるベンチに座っていた。
 そのまま横切り、彼女の許に向かう。
「お待たせ」
 読書に夢中になっていたため、声をかけるまで気づくことはなかったようだ。少し驚いた顔をして見上げてきた。
「お帰りなさい」
 いつものように少しだけ微笑んで、お疲れ様と続く。
 そのまま立ち上がり泉に連絡をして、白城家へと向かうことになった。二人きりでいたかった気もしたが、泉との約束を反故にしてしまったからこそ今、和音は此処にいるだろうから文句は言えない。

 その夜、泉は嬉しそうだった。
 遼一とも久しぶりだと喜んでくれた。
 それぞれの親も、もちろん和音も皆穏やかな、大人の時間だった。
 光流といった子供は、すっかり男前の男の子になっていた。来年、中学入学だそうだ。やはりそのタイミングが再婚の決め手となったようだ。
 遼一は結婚願望や仲間意識が強い方ではない。それも和音も同じだった。
 しかし、こんな家族なら遼一もつきあっていけるかもしれないと思うのだった――。

【了】

著作:紫草

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