『人形遣い』その壱

 彼が、あの子に声をかけたのは運命だったのだろうか――。
 彼が、あの子を引き取ったのは、ほんの気まぐれだったのか。

 彼、姉小路家の三男坊は、中学生ながら画家の肩書きを持ち、少しくらい社会からはみ出した事をしても、皆が目を瞑ってくれる。
 華族の社会は、軍人の家系と商人の家系では暮らしが違う。
 世の中の戦争という流れとは、違う時間の流れの中で彼は暮らした。

 とある日、学校からの帰り道。
 明らかに夜の女の匂いがする母親から、折檻を受ける少女に会った。
 名も知らぬ蒼い眼をした女の子を、
「僕にくれないかい」
 と、母親に云った時も、まるで‘のら猫’の子でも貰うようなニュアンスだった。
 母親は彼の身なりを見て、すぐに華族のおぼっちゃんだと悟る。
「これでも私の子だよ。ただではくれてやれないね」
 と、舌なめずりをする猫のように、ぎょろりと彼を睨みつけた。

 彼が、その返事に興味を失ったのか、その場を立ち去ろうとすると、母親は慌てて彼を引き止めた。
「連れておいきよ。そんな子要らないんだから」
 一円にもならない、と知ると母親は途端に放り出す方を選ぶ。面倒を見る必要がないなら連れてゆけということだ。

「僕と一緒に来るかい」
 彼は少女の前に跪き、声をかける。
 少女は、小さく頷いた――。

 彼、姉小路孝彌(たかみ)は、この日、この少女を拾った。
 蒼い眼と透き通るような白い肌は、明らかに日本人以外の血が見える。
 それでも漆黒の髪だけは、誰よりも豊かに日本人だった。

 孝彌は、この少女をモデルに次の画を描くことにした。
 タイトルは『人形』、そして孝彌は、さしずめ人形遣いといえようか。

 

著作:紫草

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