「社交界デビュー?!」
孝彌は、いつになく大きな声で母親に詰め寄った――。
花音と暮らすようになり、四年。
字を教え、教養を身につけさせ、そして画を描いた。
いつしか孝彌は花音しか描かなくなっていった。
引き取って数年後。
(あのモデルは実在するのか!?)
という噂の中、油彩画・水彩画の絵画展で孝彌は優秀賞を独占した。
それからも、孝彌は花音を家の外には一歩も出さず共に暮らす。
子供だと思っていた花音も、いつしか美しい少女から大人の片鱗を見せるようになっていた。
母親の目からは、孝彌の本心が分かりかねた。
だからこそ、花音の将来に関して杞憂を抱いていた。
ともかく人の目に晒さなければ、孝彌は花音を手離すことがないんじゃないかと思ったのだ。
「よろしいですね。来週の土曜日です。支度は母が致します。孝彌さんも、そのお積もりで」
殆ど一方的に押し切られた形ではあったが、孝彌は承諾の意思を示す。
アトリエに母が来ることは珍しい。だからこそ、いつも厄介なことばかりを持ち込んでくるような気がした。
母が去った後、孝彌は花音に声をかけた。
「花音。聞いていたね」
今にも泣き出しそうな花音の表情は、孝彌の胸までも締め付ける。
「僕も付いてゆくから。心配しなくていい」
孝彌のその言葉に、漸く少し息を吐く。
「それより昨今の鹿鳴館は、女の人が様々なお洒落を楽しんでいると聞くよ。母がどんなドレスを選んでくれるか、楽しみにしよう」
そう声をかけながら、孝彌は絵筆を取る。
心細い表情を見せる花音を見ながら、久し振りに真っ黒な地の大振袖を纏う姿を思い出していた。
それは受賞した水彩画に描かれた、花嫁衣裳のような大振袖を着る花音の姿だった。
そういえば、あの振袖はどうしただろう。
孝彌は、ふと、そんなことを思った――。