vol.28
「いいよ」
優一が私に向かって微笑んだ。
嘘・・。
「今、何て言ったの?」
「だから、いいよって」
私、何て言ったっけ。確か、殺してって。そう言ったよね。それを、いいよって。
「何、考えてるのよ。本気だと思ってないでしょ。冗談だと思ってる」
「お前ね、無茶苦茶だよ。誰も、何も言ってない。死にたいか? なら殺してやる。生きていたいと言うなら、今度こそ一緒にいてやる。落ち着けよ」
涙の種類が変わったのかな。今流れる涙は、さらさら言ってるみたい。
「離婚した。最初からの約束だったから。結婚して子供を作る。その子が中学を出たら離婚する。それで自由にしてもらう」
!?
それは一体どういうこと・・。
私に向けられた言葉の意味を、上手く訳すことができない。
「魅子。お前に別れると言われても諦めてなかった。ずっと説得して親父は最后には、魅子とのことを許してくれたよ。でも亡くなってしまった。お袋は無理だった。だから条件を出した。俺を勘当してくれる条件。それが今言ったこと」
そんなの、駄目よ。
子供がいるんでしょ。
あなたの子が、あなたの血を分けた子がいるんでしょ。
「お袋は信じてるけどね、実は俺の子じゃない」
あっけに取られてしまった。
順番に聞くと、こうだ。
当時、店に通ってきてた客の一人が、別の店のホストに捨てられた。
普通、遊ばれたと分かると、子供ができていたとしても堕ろしてしまうものだという。
でも、その女性は違ってた。どうしても産みたいと言い張った。
悪く言えば、と優一は前置く。利用したんだと。互いが互いを利用した。
彼女の子は優一の実子として全てを引き継ぐ。そして子供が義務教育を終わったら優一は勘当され、自由を手に入れる。
子供の親のことを除いて、全ては三人の共謀だ。
しかし、ここにきて問題が起こった。
「お袋が階段から落ちて、後遺症で歩けなくなった。そしたら家を追い出されたのさ」
気の毒に。あの騒がしいまでの我が儘は、淋しかったからかもしれない。ここなら話を聞いてくれるから。
「どうしようもなくなって、入院させることにした。まさか魅子と同室になるなんて、想像もつかなかった。お蔭で探偵使って捜す必要がなくなったな」
優しく笑う優一は、同じ分年を重ねたなんて思えないくらい、別れた時のまま、かっこいい。それに引き替え、私はすっかりオバサンになった。
感情も吐き出してしまった。
かっこつけようもない。
「優一。もう一度、言って」
「何を?」
「プロポーズ」
優一は、あの時と同じようにクスッと小さく笑った。そして、あの時と同じ言葉を言ってくれた。
「魅子。俺と結婚して下さい」
でも私の腕は、優一を抱きしめることもできなかった。