vol.06
「いらっしゃい」
優一の声は、何もなかったかのように、そう言った。
でも、いらっしゃいってことは、優一は店の関係者ということだ。
何を望んでいたのだろう。
愚かな私。
情けない私。
泣くに泣けない私。
一体、どのくらい立ち尽くしていただろう。
あっけに取られた気もするけれど、そうじゃない。ショックだった。何が、とは言えないけれど、やっぱりショックだった。
漸く気持ちを立て直し、私は深呼吸をする。
よく見ると優一は、私が知っていた頃よりも、もっと、ずっとかっこいい。
ここに来た私を、どう思って見ているのだろう。
何も言ってはくれないけれど。
私は黙って頭を下げると、その部屋を後にした。
!
何と!部屋を出たところに、あの咲子が立っていた。
「咲子、貴女。その姿…」
「ごめんね。嘘ついたわけじゃないよ。でも言わなかったことはある。ねぇ、ここまで来たんだから、お店に行こ」
咲子は最初に深々と頭を下げた。そして私を、こう誘う。
確かに、今更うろたえても仕方がない。結局、私は一ヶ月前に、しっかりと振られていたというだけ。それは終わっていたってことよね。
引きずったのは私だけ。
「うん、そのかわり安くしてね」
「勿論。愛しの魅子のためだもの」
そう言った咲子は、綺麗に右目でウィンクをする、その男装のスーツのままで。
一度は通り過ぎた店の入り口を、私は改めて咲子とくぐる。
綺麗な花が大袈裟ではなく、センス良く活けてある。ミラーボールも小さくて眩し過ぎることなく廻っている。ソファこそ大きめの外国製だったが、落ち着いたダークブラウンは年齢に関係なく座ることが出来そうだ。
耳元で小さく咲子が言った。
「ここじゃ、ランって呼んでくれる」
「ラン?!」
「そ。所謂、源氏名ってヤツです」
私は小さく頷いて、分かったと答えた。席に行こうとする咲子を無視し、そして最初に応対してくれた男の子に声をかける。
「ランを指名したいの」
彼は、改めて私をテーブルへと案内し、そこに“ラン”を呼んだ。
「これで、ランの独り占め。ゆっくり聞かせてもらうからね」
今度は、私が彼女にウィンクを返した。