vol.07
「ひどいなぁ、無視して行っちゃうなんて」
頭の上から声がして、私とランは顔を上げる。
そこに優一の顔があった。
否、これは正しくない。
声を聞いた時、その声は優一のものだと分かっていた。
私は、ゆっくりと顔を上げるように意識をしたから、だからランの動きと重なったのだ。
「ヘルプに入ってもいいですか、ランさん」
優一は、私には何も云わずランに、そう尋ねた。
お願いします、とランが言う。
「魅子さん、何か作りますね。待っていて下さい」
優一はそう云って、一度テーブルを離れる。
「どうしよう…私、泣くかも」
そう言う私に、ランは、それでいいと言ってくれる。
彼女には、様々な事情が分かっているのだろう。
しかし私は、聞く勇気がなかった。
優一はカッコよすぎだ。
多くのホストのいる中で、やはり際立ってカッコよかった。
暫くして優一が戻ってきた、その手にトレーを持って。
「魅子さん、柑橘系のカクテルです。どうぞ」
渡されたグラスを受け取る。
ありがとう、という言葉が震えていた。
「ユウさん。あと、お願いできますか?」
ランの、その言葉に私は驚いて顔を上げる。
「待って」
私が呼び止めようとしたら、優一が止めた。
「ランは人気者です。話は僕がしましょう」
私の左隣に座る優一が、ずっと待っていた距離にあった。
ずっと待っていた、距離。
待っていた、人。
でも本当に待っていたのは、彼の心。
それは、もう決して戻らない。
「何から話しますか? それとも聞きたいことを答えましょうか。何でも聞いて下さい。もう隠し事はしませんよ」
そう言う優一の顔が笑っている。
私は歯をくいしばって、涙を我慢するのが精一杯だった。