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Penguin's Cafe
『十五夜のお客様』

 ♪カラ〜ン
 耳に心地好い、鈴の音が店内に響いた。
『いらっしゃいませ』
 店主の低音が、心地良く耳に届く。

『十五夜の宴に、ようこそ』
 いつものPenguin's Cafeが、暗めの照明と蝋燭の灯りに照らされている。
 お得意様限定招待の月夜である。

「本日は、十五夜の特別メニューとなっております。お抹茶か緑茶、もしくはお水をお選び下さい」
 いつもはカウンターに入るマスターが、今夜は注文を取ったにもかかわらず、和菓子の用意に勤しんでいる。
「マスターが点てるんじゃないのか!?」
 抹茶を頼んだ者が比較的多かったと記憶する。男性客もちらほら見える夜、山岸允彦は一度席を離れ神部に近づいた。
「お茶に関しては、オーナーの方が美味いんです。後でお酒を出してもいいという許可をもらっているので、ご希望なら九時過ぎに注文して下さい」
 なる程。
 秋の夜長。とはいっても、まだ女性もいれば高校生もいる。
 お楽しみはとっておいて、まずはオーナーの抹茶を堪能するとしよう。

 普段ならケーキやアイスといったものが目につく店内に、今夜は和菓子が勢揃いだ。
 最初に案内された時、隣に座った男はどうやら甘いものが好きらしく、数点の和菓子を大きめの皿に盛っているところだった。
 山岸は、カメラを取り出した。
 いつもは断わられる写真撮影も、今夜は特別だ。何でも、立食パーティができるか否かのテストも兼ねているとかで資料としての撮影ならと許された。

「中秋の名月というだけあって、綺麗な月ですね」
 母親を連れ立って来ていた女性が、誰にともなく呟いた。そうですね、と肯定すると彼女こそが綺麗に笑う。
「水島様、お母様にこれをどうぞ」
 思わず見とれていると、マスターの声で我に返った。
 見ると、透明なゼラチン状の饅頭だ。中央に何かの餡があるのだろう。ほんのりと色が付いている。
「マスター、これ写真いいかな」
「いいですよ。こちらにありますので用意します」

 六時から始まった“十五夜の宴”と称したパーティも、いつしか夜が更けてゆく。
 親子連れや学生が帰って行き、家庭持ちの多くも去った。
 残ったのは、お酒目当ての女性陣と男鰥夫(やもめ)という感じだろうか。

 気付くと抹茶を点てていたオーナーも、奥に陣取って茶菓子を食べている。
 一箇所だけ、空間の違う席。折角だから、聞いてみるか。まずは一枚写真におさめた後で、オーナーに近づいた。
「オーナー、この席って何か意味があるんですか」
 すると彼女は少しだけ微笑んで、そして絵の代わりだと言う。

 絵の代わり…
 そういえば、この店には絵画や写真の類がない。
 壁のクロスも地紋こそあるが無地である。
「確かに反対側から見れば、この一画全てが一枚の絵のようですね」
 カメラを職業として使っているのに、そんなこと及びもしなかった。
 思わぬ収穫に気分がよくなったので、今度は神部にカクテルでも作ってもらおう。

 振り返ると、いつの間にかカウンター席はいっぱいになっていた。
 おやおや、出遅れてしまったか。まぁ、いいだろう。
 男にとっての秋の夜は、まだ始まったばかりだ――。
【了】

著作:紫草

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