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Penguin's Cafe
『恋するお客様』

 ♪カラ〜ン
 耳に心地好い、鈴の音が店内に響いた。
『いらっしゃいませ』
 店主の低音が、心地良く耳に届く。
『Penguin’s Cafeへようこそ』

 白いシャツは風に靡き、彼の首筋の綺麗さをかもし出していた。
 大学の一年先輩。法学部の彼。
 ドキドキして、どきどきし過ぎて、きっと私の心臓の音聞こえてる。
 隣に並んで歩くことは、多くの女の子の叶わない夢だった。なのに、どうして今、私は一緒に彼といるんだろう。
「いいお店があるよ。休憩しようか」
 彼は、そう言って少し先にあった、このお店に入った。

「ご注文は何にいたしましょう」
 何を頼んでいいものか。悩んでいると彼はさっさとカフェモカを注文してる。
 すると店主は、今度は私の番とでもいうように、こちらを見た。
 店主の肩越しに、ガラスのケースが目に入り可愛いケーキが見えた。

「あのケーキを」
 私はオレンジ色の可愛いケーキを指した。
 すると、私の顔を覗き込むような感じで微笑みかけられ、
「一個と言わず好きなだけ、食べたらいいよ」
 と言われた。そんなに物欲しそうな顔してただろうか。

 彼の声を聞きながら、思わず頬が熱くなった。
「じゃ、アイスティも」
 そう言うと、かしこまりましたと店主が去っていった。

「あの…」
「何?」
 うっ。
 間髪入れずに返事をされると、言葉に詰まる。
「どうして私を誘ってくださったんですか!?」

 運ばれてきたカップに口をつけながら、彼は私を見上げた。
 その視線、やめて下さい。色っぽ過ぎです。
 と言えるわけもなく…。
「気に入った子をデートに誘うと、変態扱いされるのか!?」

 …
 ……
 ………

「えっ!?」
「俺、ナンパしたから駄目ってこと!?」
「うそ〜」
「何に対しての嘘だよ。俺の気持ち? それともナンパの方か」
「ちっ、違います。ナンパって、私をですか」
 驚き過ぎて、そこかよってとこを問いただしてしまった。
「立派なナンパだろうよ。学校のキャンパスで堂々と声かけたってのに」

 気持ちが余りに衝撃を受けると、人間は冷静になるらしい。
 私は、初めて彼の顔を真正面から見た。
「あんまりジロジロ見ないでくれる。振られる覚悟は、まだできてないから」
 ちょっと待って。どうして私が振るの?
「まだ信じられなくて。先輩たちが、高嶺の花だって噂しているのを聞いていたので。でも私、顔で誘いに乗ったわけじゃないですよ…」

 入学したての四月。
 偶然、彼を見ていた。
 急な雨に、慌てて学生が移動を始めた時、彼だけが道に座り込むように背中を見せていた。何をしているんだろうと思って、回り込むようにして見ると、小さな猫が段ボールに入って捨てられていて、彼はその箱に覆いかぶさるように猫を雨から守ってた。

「あの時、いいなって思ったんです。何となくですけど」
「俺も―」
 と彼は、話を続ける。

 あの時、彼のしていることを理解したわけで、私は持っていた折り畳みの傘を彼と猫に向かって差しかけた。そして、そのまま顔も見ずに校舎へ走ったのだった。
「あの後ろ姿、いいなって思って見てた。声をかけた時、あの雨の日と同じ服を着てたから」
 そこで少しだけ、はにかむように笑うと、
「今日、聞こうと思ってた。あの時の女の子かどうかを」
 そう言って、持っていた紙袋から、あの時渡した私の傘を取り出した。

 ちゃんと私だと分かっていて、誘ってくれた。
 ただの気まぐれじゃなくて、先輩たちが言うような意地悪でもなくて、ちゃんと私を見てくれた。
「どうも有難うございます。ちゃんと私の傘です」
 私の返事は、やっぱりちょっとズレているかも。
 でも、きっと、こんな私でも彼は話を聞いてくれると思う。もう随分、バレてるもん。
「じゃ、これからは彼氏ってことで――」
【了】

著作:紫草

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