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♪カラ〜ン
耳に心地好い、鈴の音が店内に響いた。
『いらっしゃいませ』
店主の低音が、心地良く耳に届く。
『Penguin’s Cafeへようこそ』
「ご注文は何にいたしましょう」
小さな掌をいっぱい開いて、手作りの手書きメニューを覗き込む、齢(よわい)二つの男の子。
これまでお店という場所に入ったことがなかった彼は、今日がお店デビューの日。
「ママ。これ、かわいいね。おいしそうね〜」
そう言いながら、指差す場所は可愛い可愛いイラストのクッキー缶。
「本当ね。よかったね、いいお店が近くにできて」
いつまでも店主を待たせるわけにもいかず、
「まだ二歳なんです。安心して食べさせられるものはありますか?」
と聞いてみる。すると店主は、
「アレルギーはありますか」
と。
「いいえ。何でもよく食べる子です」
「では、秘密のメニューをお出ししましょう。ホットケーキは如何ですか」
「ありがとうございます。この子の大好物です」
私は、この店主が大好きになった。
小さな子は、今もメニューに夢中のよう。
「お待たせ致しました」
という穏やかな声に、子供の顔が漸く反応する。
店主の手には、湯気の上がる美味しそうな匂いがする何かが乗るトレー。子供の視線には届かない。
椅子の上に上らんばかりの様子を止めて、店主がテーブルにお皿を置いた。そしてその場で、とろ〜りとシロップをかけて見せてくれる。
目を輝かせて見ていると、子供用のフォークを手渡してくれた。
すると、いきなりホットケーキにズブリと刺す。
「あらら」
「どうぞ、ごゆっくり」
店主が微笑みを浮かべながら、テーブルを離れていった――。
「この近くに住んでいるんです。また来ますね」
レジに立つ店主に、そう声をかけながらお財布を出す。
「有難うございます。これは私物ですが、よろしければお持ち下さい」
そう言って出されたのは、メニューに描いてあったクッキー缶。子供は早くも、ありがとうの言葉と共に、その缶を腕に抱く。よく見ればお店の名前と同じロゴ。
「いいんですか」
「このお店の、一番小さなお客様です。いつでも特別メニューをご用意して、お待ちしております」
自宅から歩いて五分のこの場所が、これから先の憩いの場所になるのは、火を見るよりも明らかだった。
【了】