8

Penguin's Cafe
『秋の気配のお客様』

 ♪カラ〜ン
 耳に心地好い、鈴の音が店内に響いた。
『いらっしゃいませ』
 店主の低音が、心地良く耳に届く。
『Penguin’s Cafeへようこそ』

「ご注文は何にいたしましょう」
 高校のクラブ帰り、友達四人で声を揃える。
『ミルクティとモンブラン』
 復唱され、ガラス製の冷蔵庫に向かうマスター。
「ここのモンブランって売り切れが多いんだよね。みんなで食べられて良かったね」
 私が、そう言うと部長が続ける。
「その上、期間限定の期間が短いしさ」
 そうそう、と口々に相槌をうつ。

 秋の初めに開店した、このPenguin's Cafe。イケメンのマスターとカッコいいオーナーがいると専らの評判だ。
 私たちも開店早々に来たものの、最初は混んでて入れなかった。開店記念のサービスマカロンは、お金を出して食べたけど。
 だから学校の友達に、秋限定のモンブランが絶品だったと聞かされてすぐにやって来たものの、なかなか食べることができなくて、今日漸く念願が叶う。

「お待たせしました」
 お喋りに夢中になっていた私たちは、マスターの声に思わず見上げてしまった。
「わ〜 美味しそう〜」
 四人のなかで、一番モンブラン好きのサチが覗き込むように見つめている。

 それは本当に美味しいモンブランだった。
 少しだけ考えて、私はマスターに声をかけた。
「マスター。ここのケーキって、お持ち帰りできますか?」
 すると彼は、私の元までやってきて頭を下げた。
「申し訳ありません。ケーキのお持ち帰りはできないんです」
 すると、サチが言う。
「ケーキはってことは、別のものならお持ち帰りOKってこと?」
「チョコやラングドシャなら、残っている日ならお分けできますよ。ただし、気の利いた包みは出来ないので普通の紙袋に入れるだけですが」

 私たちの席ではないところから、歓声があがった。
「じゃ、マスター。今日はあるの?」
「今日は小さなクッキーでしたら、大丈夫です」
 話は私達だけではなくなって、結局、マスターは六個の包みを作ることになった。
「ここのマスターってさ、いいよね。何て言っていいか分かんないけど」
 部長が渡されたクッキーを手に、しみじみという感じで言った。
「こういう融通もきくし、ね」

 私達は、ミルクティのお代わりをして、思いの外長い時間をお店で過ごした。
 大人の人ばっかりで、入るのに足踏みしていた頃。マスターが気付いてお店の外まで出てきてくれた。
 あの時、ちゃんとお客さんとして見てくれた。子供扱いしないでくれて本当に嬉しかった。それから、他にお客さんがいない時、サービスって言ってお菓子とかも出してくれる。きっと他のお客さんにも色々してあげてるんだろうけれど。
 でも、私たちは嬉しかった。だから、ここにいる間は静かに話す。馬鹿笑いもしないし、回りの人に気を配る。
 意識していたわけじゃない。ただお母さんが褒めてくれた。
『最近、大人の女性になったね』
 と。
 それは、きっとこのお店のお蔭。
「私、このお店が学校の近くにできて本当に良かった」
 お金を払って出る時に、そう言った。
 マスターがすごくカッコよく笑って、ありがとうございましたと見送ってくれる。
「あの見送りも、いいんだよね〜」
 部長の言葉にみんなで頷いて、次に来る日のスケジュールを確認する作業に入ってた――。
【了】

著作:紫草

back 『Penguin's Cafe』テーブル next
inserted by FC2 system