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『半夏生』2

 始業式の後。
 カメラ部の部員に再び招集がかかった。
 名前を伏せた状態で、みんなの作品の評価をし出品作を決めるという。
 勿論、撮った本人は自分の写真が分かるのだが、自分の作品に点数を入れることは禁じられた。

 ただ池端だけはその時間、現像と焼きのために暗室に入っていた。
 モデルを務めた数名が一緒に作品に点を入れるために呼ばれ、田路は遼平の写真を見て、その大きさに驚いていたようだった。
 そして採点表に名前を書く。名前を知るのは、勿論先生だけだ。
 モデルは自分の写真でも点数をつけることができる。
 田路は自分の持ち点を、まだ出来上がってもいない池端の写真に入れると言って、部室を後にした。

 仕方がない。
 田路は、池端に本当に悪いことをしたと思っている。それは遼平も同じだった。
 そして矢木先生も、田路の点を池端に入れることを了承した。

 みんなで作品の内容や技術面の話し合いに入っていた頃。
 池端が部室に現れた。
「どうだ。間に合いそうか」
 疲れた顔をした彼女に先生が声をかける。
 彼奴は黙って頷いた。

 その様子を見て、遼平は少しほっとした。
 自分のせいで、作品が間に合わなかったと言われても面倒だと思ったのだ。
 思う存分、時間を使って撮影し、焼き直しをした自分とは比べるまでもないだろうとも思った。
 しかし、ここで意外な結果が出た。
 まだ出来上がっていない、池端の作品に多くの点が付けられた。そして、その点は遼平のそれと同じだった。

 矢木先生が言う。
「今年の出品作は、河野と池端の二点とする」
 と。
「ちょっと待ってよ。池端の写真って、まだ誰も見てないじゃないですか。それなのに出品するんですか」
「点数が入っている。これは公平なものだ」
 どこが公平なんだと、遼平は言おうとした。
 すると、そこを部長が制する。
「河野。お前、何の権利があって、池端の写真のこと言ってんの」

 衝撃の言葉だった。
 全ての部員が、池端の作品を認めている。
「じゃ、矢木先生は池端の写真の出来上がりを待って申し込みをお願いします。解散」
 弁当もなく始業式の後、残っているんだ。
 部長の言葉で、みんなが一斉に帰っていった。

 何か、納得できない。
 遼平は先生に話をしようとしたが、会議があると言って職員室に戻っていってしまった。
 田路の1点って、こうなると結構大きかったよな。
 遼平は文句を言いつつも帰路についた。

 コンテストは個人名で出品するのではない。
 学校の名前で出品する。伝統校だからこそ、許される応募だった。
 それでも一枚一枚に対する評論は出る。
 七月二日。カレンダーの二十四節気七十二候の項目に、半夏生と書いてある。但し書きには雑節の一つとあるその日。
 矢木先生が池端を呼んで、廊下に出ていった。
 きっとコンテストの話だと思った遼平は、次は自分が呼ばれるものと思った。
 しかし矢木が遼平を呼ぶことはなかった。
 そして部員全員が揃ったところで、先生が言った。
「今年度。我が校は見事、コンテストに入賞しました。これを励みに、これからも頑張ろう」

 秋まで待てば、新聞社に飾られる。
 でも遼平は待てなかった。
 どうしても池端の写真を見たいと思った。
 そこで無理を言って、彼女に出品作を焼き増ししてもらった。

 ――春の夕刻。
 暗くなり始めた景色のなかに、一本の桜の木が在った。
 校庭のフェンスを破って、外側に飛び出したあの桜だ。
 その桜に左手を当て、桜の花を見上げている田路の横顔があった。
 その写真の中の田路は、今にもこちらを振り返るんじゃないかというくらい、自然に佇んでいる――。

 こんなに感動した写真を観たのは初めてだ。
 こぼれそうになった涙を、慌てて手で拭う。

 同じ田路だ。そして同じ桜の木。
 でも遼平の撮った田路を見て、泣いた部員はいない。
 今、部室に飾られた池端の撮った写真を見て、女子部員が全員泣いている――。

 勝ち負けではないと分かっていても、遼平は確かに負けたと思った。池端の写真の凄さに、ただ見惚れるしかなかった。
 そして多くの部員が彼女の写真の良さを、ちゃんと認識していたことにも改めて愕然としたのだった。
【了】(テーマ:3部作/その2)

著作:紫草

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