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『そして蝶になる』1

 卵で産まれ幼虫となり、蛹を経ての完全変態をする蝶。
「いつか私も蝶のように、ちゃんとした大人の女性になれるかな」

 少しずつ内容が変わっていって、でも必ず最后は決まってた。
「私が蝶になったら、かっちゃんが籠に入れて飼ってよね」
 どうして俺が飼うんだと、聞いても何も答えない。
 いつから、こんなこと言い出したんだっけ。
 もう随分前…… 子供の頃。
 小学校の、そうだ。あいつが越してきたのは小学一年の夏休みだった。

「なあ、その蝶になるってヤツ。いつから言ってるか、憶えてる?」
 佳奈はそう言う俺の顔を見て、勿論と微笑んだ。
 もちろん、かぁ。
 憶えてないから教えてくれって言ったら、絶対怒るよな。
 どうして蝶なんだろ。
 どうして俺が飼うんだろ。
 何となく聞きそびれたまま、もう十年がたったことになる。ってことは、佳奈に片思いして十年ってことか……
 何か、虚しい十七歳。

「かっちゃん、明日はお昼どうする?」
「部活あるから、パス」
「分かった」
 これは、もう帰れの合言葉。
「じゃ、お休み」
 同じ町内の通りを隔てた場所に佳奈の家はある。そこを出て、暗くなったいつもの帰り道を歩く。
 月が少しだけ欠けて、明るく道を照らしてた。

「おばさん……」
 翌朝、佳奈を迎えに行くと、玄関先に佳奈のお母さんが立っていた。
「克彦君、ごめんね。佳奈、今日欠席」
「え。どうして」
「また、頭痛いんだって」
 佳奈は時々、起きられないくらいの頭痛に襲われる。
 いろいろ検査して、結局、性格からくる緊張性頭痛としか言われなかった。
 だから頭痛が始まったら、痛みが去るのをひたすら待つ。
「分かりました。行ってきます」
 おばさんが行ってらっしゃいと声を掛けてくれる。それを聞きながら、佳奈の声ってだんだん似てくるって思った。
「後でメールします」
 振り返って、まだおばさんの姿がそこにあるのを見たから、そう叫んだ。
 何度も繰り返した光景。今日の佳奈もベッドの上か。
 健康体の筈なのに、どうしてこんなに弱いんだろうと、おばさんはよく口にした。
 分からない。
 ただ、いつかは元気になるよ。
 子供の頃から、そう繰り返した。

 折角の高校生活、なかなかバカップルにはなれないや。

    
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著作:紫草

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