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『誂え』1

 それは見事な京友禅の大振袖だった――。

「孫にも…」
 衣装、という言葉を思わず飲み込んだ。
「真亜。それ以上言ったら…」
「わかった、わかった。美紗緒に凄〜く似合ってる」
「わかれば、よろし」
 口だけは達者に利くけれど、実は着付けの真っ最中で、美紗緒は身動き一つ自由にはならない。
 やれやれ、とため息交じりの真亜。
 次回、茶会の菓子見本を持参して捕まってしまった。
 でも美紗緒の着物は、いつも豪華で綺麗だった。
 冗談で誤魔化すのは、恒例みたいなものだ。
 いつの間にか、どんどん女になってゆく美紗緒に、真亜は最近少し戸惑っている。

「じゃ俺、帰るし」
「え、待ってて。もうすぐ終わるから」
「駄目〜 これから仕事」
 仕事なら仕方がないか、と振り向くこともできない美紗緒は姿見の中に笑顔を見せる。
 後でメールする。
 二人で同じ科白を言い合って、美紗緒の部屋を出た。
「真亜君、少しええか?」
 出ると、背後から声がかかる。美紗緒のおばあ様だ。
 子供の頃、叱られる時によく使った部屋に通された。
 ここに来る時はろくな話じゃない。長年の経験から嫌という程と感じながら、彼女の向かいに正座する。

「今度、美紗緒に縁談があってな。お相手の方がこの家に入るて言うんや」
 縁…談!?
「そやから今までみたいに真亜君と会わすわけにはいかんようになる。分かってくれるか」
 おばあ様は返事を待つこともなく、部屋を出ていった。
 縁談の意味は知ってる。
 旧家の一人っ子の跡取り娘。何代も続いた呉服屋に、婿養子は必要不可欠な第一条件だと聞いたこともある。
 でも、まだ高校生なのに。
 やっぱり、この部屋で聞かされる話に朗報はない。
 美紗緒を取られたくないと思うのに、ただ手を拱いているしかない。
 同じ年の真亜が結婚できるのは、更に二年も先になる。それも保護者の承認が要るし。何より、和菓子屋では格が違うと言われるのは必至。
(その上、跡継ぎ違うしな)
 家業は兄が継いでいる。真亜は高校生になったばかり。仕事といったって雑用だけの裏方だ。
 彼は犬のように顔を振り、美紗緒の家を後にした。
 美紗緒の十六の誕生日は、来週の日曜に迫っている――。

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著作:紫草

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