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〜秘め事〜
「教師」2

 うなじに息がかかる。後ろから抱き締められて、ベッドに沈む――。

 自分が信じられない。
 高校教師になったのに、勤め先の制服着る男子生徒とホテルに居る。
 私は何故、則之を大学生だと思ったんだろう…。
 去年の夏、私は彼と出逢った。お酒の出る、夜のお店。

 そうだ。
 自分自身が面接の時、大学生であることを確認させられた。
 だからだ。
『何年生?』
 というバイト仲間の問いに、
『一年です』
 と答えた彼の言葉を、大学の一年だと思い込んだ。

 あえて言及を避けていた気もする。
 冬につきあい始めた時も、大学の話は禁句だった。
 当然かぁ。通っていない学校のこと、話すわけにいかないよね。
 嘘を並べられなかっただけでも、良しとするべき!?

「今、何時]
 寝ぼけたままの、目覚めていない怪しい発音で聞いてくる。
「六時」
 ろくじ…
 彼は口のなかだけで、反芻している。
 ちゃんと分かってるのかな。
「帰る!?」
 私は彼の腕枕の上でごろりと寝返り、向かい合う。
「う〜ん、沙織は?」
「帰らないと服が同じになっちゃう」
 了解、と言ったかと思うと彼はシャワーを浴びに行った。
「ちゃんと一人で帰るのに…」
 でも、前もそうだったね。
 私の予定に合わせてくれる、いつでも、どんな場合でも。

「則之」
 私は、バスルームに声を掛ける。
「何」
「これから、どうしよう」
 中から聞こえる、水の音。それを聞きながら、今しか聞けないことを聞く。
「これからって!?」
 則之には分からないか。私は教師なんだよ。そして君は、高校二年。卒業には、まだ半分の月日が残っている。
 タオルで髪を拭きながら、彼が出てきた。
「わざわざ宣言する必要ないし、内緒でいいんじゃないの」

 内緒…

「これって秘め事って感じ、するじゃん」
「別れる、とかは!?」
「有り得ない」
 思わず目頭が熱くなる。気付かれたくなくて、慌ててバスルームに飛び込んだ。

 則之、則之、則之…

 私も別れるなんて、考えたくない。
 でも、それなら仕事は辞めないとならない。
 私は強くない。きっと、いつか押し潰される。その重圧に耐え切れなくて。

 シャワーを浴びて出てくると、早くも則之は仕度を終えていた。
 制服のズボンだけは穿いているけれど、上半身はTシャツだけだった。
「一人で帰れる。則之も帰って」
 素っ気無く返す言葉。突き放すように、離れてゆくように。そして私を嫌いになるように。
「沙織。俺、絶対別れないから」
「それを若気の至りって言うのよ」
 服を着て仕度を調える。そして…
「十分経ったら出て。誰かに見られたくないの」
 そう言って、扉を閉める。

 扉を背に、暫し動くことができずに佇んだ。
 再び涙が溢れてくる。
 やっぱり駄目だ。
 則之の姿を見ながら、教師なんて続けられない。
 離れてしまうのは、きっと私の方だという畏怖など、涙と一緒に流れてしまえばいい――。

「沙織。逢いたいと思ったら俺を呼んで。何処に居ても、すぐに行くから。必ず行くから。だから俺を捨てないで…」

 ラブホテルの扉って結構薄い。
 則之の、そんな呟きが背にした扉の向こう側から、微かに聞こえてきた。
【了】

著作:紫草


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