出会い

 彼女と知り合うきっかけは、とても簡単だった。
 簡単にいえば、犯罪だ。
 何故なら、彼女を誘拐したから。

 同じ学校の一年生。
 金持ちのお嬢様として有名だった彼女は、いつも誰かしら周りに人がいて、そこに笑い声が絶えることはなかった。
 でも、その中にいて彼女は、いつも淋しそうに見えた。
 仲間とする悪さの陰から彼女を眺めていた。それが、いつしか恋心に変わったことに気付いたのは、彼女に告白する男を見た時だった。

 校舎の陰。
 その男は同じ三年の、自分とは別の意味で有名な神埼俊朗だった。
 神埼は、女に手が早くて次から次へと女を変える。
 でもその顔の良さと金払いの良さから、女たちも割り切ってつきあっていると評判だった。
 その男が、どういうわけか。今度は彼女に目をつけた。
 聞こえてくる言葉は長々と続いているが、総括すると自分とつきあってくれと。
 最初、彼女は何も言わず神埼の顔を見ているようだった。その様子に、神埼の方が痺れを切らした。
「何か、言ったらどうだ!」
 それでも彼女は何も言わなかった。
 神埼が、少々切れたように彼女の顎に手をかけた。
「それとも黙っているのは、OKってこと?」
 神埼の顔をニヤリと笑うのが、隠れている木の影からも分かった。
「離して下さい」
「それ、どういう意味」
「汚らわしい手を離せ、ということです」
 神埼の顔が真っ赤になって、怒り出したのが分かった。

(どうする。出ていくか。助けるなんて柄じゃないが…)
 しかし、目を離し逡巡するその短い時間のうちに、神埼が地面に転がっていた。
 捨て科白を吐きながら神埼が走り去り、その後で彼女も姿を現した。
 そこにいる俺の姿など、まるで見えていないように通り過ぎる。
 凛としたその姿は、いつも友だちに見せている天然ぶりとはまるで違っていた。
「紗都」
 思わず、声をかけていた。
 彼女は振り向いた。
 それでも、やはりだんまりだ。俺は無意識に、声をかけた。
「お前を攫ってもいいか」
 と…。

著作:紫草

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