親友

 櫻木は家に紗都を残し、二人分の鞄を取りに一度学校へ戻った。

 困った。まずい。絶対、やばい。
 でも、どうしようもなく攫ってしまいたかった。
 文化祭終了後、生徒会の役員は総入れ替えとなっているものの、相変わらずそこは櫻木の隠れ家だった。

 途方に暮れながら、生徒会室に入ると洸がいる。
「どうした?」
「古都と待ち合わせ。お前こそ珍しいな。最近、俺のこと避けてたろ」
 洸の隣にパイプ椅子を出して広げると、背もたれを抱えるように後ろ向きに座った。
「避けてなんかないさ。ただ莫迦ップルを見るに忍びなくてさ」
 そう言うと洸が珍しく声をあげて笑った。
 そうだな。確かに避けた。こんな自分でも失恋の痛手はあるんだ。
 でも今は、違う感情が渦を巻く。
「心配事か」
 顔をあげて、洸を見る。
「お前って、ずるい。どうして俺の痛いとこを突いてくるんだ」
 いつも、そうだ。
 誰が気付かなくても、洸が気付いた。どんなに明るく振舞っていようとも、自分の変化に洸だけは気付いた。

「お待たせ〜」
 古都の元気な声がして振り返ると、古都が立っている。
「よお!久し振り」
 いつものポーカーフェイスで、片手を上げる。すると古都がずかずかと近づいてきて、額に手を当てた。
「何だよ」
「先輩、変ですよ。熱でもあるのかと思って」

  !

 その瞬間、力が抜けた。
「女、攫っちゃった。どうしよっか」
 洸と古都が顔を見合わせている。
「誰を攫ったの?」
 という古都の質問に洸が答えた。
「紗都ちゃんだよな」
 やっぱ気付いてたか。
「今、何処にいるの」
「俺んち」
「じゃ、今夜はお前んちで宴会な。まりん連れて後で行くから、仕度して待ってろ」
 洸がそう言って、古都と一緒に出て行った。

 宴会…
 そっか、宴会な。
 やっぱ、お前って最高。

 廊下に顔を出して、あいつ等の背中に声を掛ける。
「酒はなしだぞ」
 歩みを止めることなく少しだけ振り返り、了解とだけ言って帰って行った。

 腐れ縁か。
 洸の生活がどんどん変わっていって、それまで仲の良かった連中は潮が引くようにいなくなった。残ったのは自分と、安っぽい女たちだけ。
 暫くして父親の病院と家を売りたいと、相談された。
 内情を知る人間に頼むと騙されるかもしれないからと、畑違いの櫻木グループに売りたいと。親父が今後の援助をすると言った時、あの時も、彼奴はしっかりしてた。
 その申し出を洸は断わったよな。病院の借金さえ何とかなればいいからと。
 コンビのように言われ始めて、いつしか彼奴は櫻木の影のように言われている。
 でも本当は違う。
 彼奴の方が人間の大きさが上だ。
 絶対、一生友だちだからな。

 それより紗都のほう、何とかしなくちゃ。
 櫻木は生徒会室の鍵を閉めると、二人分の鞄を抱えて家路に着いた。

著作:紫草

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