運命

「お金持ちにもいろいろある」
 紗都の話は、そんなふうに始まった。
「櫻木先輩もお金持ち。でも、ちゃんとご両親が一緒に暮らしてる」
 俺んち!?
「私には両親はいません。育ててくれたのは、祖父がくれるお金と住み込みの女性でした」

 駆け落ち騒ぎを起こして家を出た父親から、祖父は紗都を奪った。
 働く場所を与えず、家に戻ることを命じた。
 でも両親は、紗都を捨て海外に行ってしまった。
「流石の祖父も諦めたようです」
 そう言う紗都の言葉に感情は感じられない。
「私は、いつしか祖父の言いなりでした。でも一緒に住むわけではない。私は女の子で跡取りではなかったから」
 そこで櫻木が、言葉を挟む。
「でも跡取りの、お父さんはいないんだろ」
「はい。今も祖父が社長のままですし、跡を継ぐのは祖父の甥ではないかと噂されてます」
 だからこそ紗都は大人しくしていようと思った。
 いるのか、いないのか、分からないようにしていれば誰も思い出す人がいなければ、祖父が死んだ時、両親の許に行けるかもしれないと、そう思っていたから。

「でも、その思いは叶いませんでした」
 三人が揃って、何故?という顔をする。
 確かにそうだろう。祖父は、まだ生きている。
「父が亡くなったそうです」
 思わず息を呑む三人である。
「祖父は、母との縁を切りました。私は二度と母に会うことはありません」
「お母さんは今何処にいるの?」
 洸の言葉は、静かだが辛い質問だ。
 でも聞いてもらうと決めたから…
「帰国してますよ。どこかで夜の商売してるって聞きました」

 刹那、洸と古都が息をのむ。
 紗都は、どうしたのかという顔を見せる。
「私の母親もね、ホステスやってるよ。親の商売なんて関係ないよ。だって母親には代わりはいないんだから」
 紗都が驚いている。
「みんながどうして、この高校にしたのかは知らないけれど、私はお金の問題が一番だから。母親の働くお金は大事だもん。公立は絶対外せない」
「俺も。もし公立じゃなかったら、親父の倒産後通えなかったろうし」
 そして櫻木が、紗都に向き合った。
「うちは母親がしっかりしてるから。大学も国公立受けろって言われる。お金は親父が持ってるもので、俺は普通の高校生だよ。親がどんな仕事してても関係ないじゃん」
「みなさん、強いんですね。私は、貰うお金を姑息に貯めるために公立にしました。祖父には知り合いの私立に行けと言われましたが、距離が遠いからと断わりました」
 古都が、空になったグラスにコークを注いだ。
「紗都さんがお母さんに会いたいなら、きっとお母さんも会いたいんじゃないかな。もう高校生でしょ。自分の意思で決めたらいいと、私は思うな」
 紗都の瞳から涙がこぼれた。
「古都先輩。私、先輩のこと、本当に誤解してました。ひとつ、爆弾宣言してもいいですか」

 三人が紗都の顔を覗き込む。
 古都が、どうぞと先を促し紗都が頷いた。
「古都先輩のお父さん、うちの親戚の人です」
 その言葉をちゃんと把握するまで、暫く時が流れた。
 最初に、声を取り戻したのは洸だった。
「それ、どういう意味!?」
「引き取られた後、私は暫く名無しのゴンベでした。祖父が親戚の男の子に名前をつけるように言ったそうです。その人が教えてくれました。高校生で母親になった元恋人と子供のことを。私の名前は、古都さんのことを思い出してつけたそうです」
 古都が何も言わず部屋から出ていき、洸が後を追った。
 櫻木が紗都に聞く。
「どうして、そんな話をする」
「苛めたくなったから」
 お前!
 思わず膝立ちしたものの、どこを掴むわけにもいかず座り直す。
「自分だけが苦労して、それでも頑張ってますって。母親が会いたいって。優等生ですよね。私には生まれた時から母はいない。その上、知らないところで父親からも思われている。何だか許せない」
「お前って、可哀想な奴だったんだな」
 櫻木は、大きなため息をついた。

著作:紫草

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