「時に落ちる」番外編

『涙』その壱

   笹の葉 さ〜らさら 軒端に揺れる〜

 幼い頃、七夕の季節になると短冊に願い事を書いた。
 幼い文字で、たった一つ、願い事を書いた。
 必ず聞き届けられると信じて、祈りを書いた。

『おにいちゃんが かえってきてくれますように』

 大好きだった、お隣に住む‘おにいちゃん’
 大きな病院のお医者様だった。
 大きくなったら、お嫁さんにしてね、と云う私に、
「いいよ」
 と答えてくれた、おにいちゃん。本気で好きになれよ、と笑った。
「あと15年経ったらな」
 それが最後の会話になった。

 彼が忽然と姿を消して、早いもので15年が経つ。
 失踪したと聞いたけれど、幼い私には分からなかった。

 おにいちゃん、約束の15年が過ぎたよ。
 私は、18歳になったよ。
 それなのに迎えに来てくれないんだね。

 どこかで待ってた。
 私が18歳になったら、おにいちゃんは、きっと帰ってくるって。

 おにいちゃんのお父さんが、
「諦めた」
 と云ったのは、おにいちゃんがいなくなって5年が過ぎた頃だった。
 おにいちゃんのお母さんが、
「絶対、お墓には入れない」
 と泣いていたのは、私が中学に入った頃だった。見知らぬ女性がやってきて、一緒に泣いていたと聞いた。
 でも今年、みんなが、おにいちゃんの死亡を認めた…。

 私だけが、おにいちゃんは生きていると叫んでいた。
 おばさんも、
「もういいよ」
 と慰めてくれた。
 それでも私だけが、待っていた。

 あと1日で、私は19歳になる。
 おにいちゃんは帰ってこない。
 もう、ずっと帰ってこない…。

「仁。私は本気で、貴方のことを好きになったよ」

 今、仁は何処にいるのだろう。。。
【了】

著作:紫草

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