男の様子は、酷いの一言に尽きた。
意識はなく、何かの爆発にでも巻き込まれたようだと仁が云う。
爆発?
本能寺で、爆発事故でもあったというの?
それよりも、この男は本当に文長なの?
顔の大半を火傷で失っていた。
私たちの知る文長は、ここにはいない。
さらしの包帯を日々換えながら、破傷風や合併症の恐怖と闘っている。
仁は一人で医療所を務めながら、付きっ切りで文長と思われる男を診た。
年が明けた。
賤ヶ岳の戦いと呼ばれた戦さも終わった。
男は、まだ目覚めない。
「仁。文長のこと、どう思う?」
私は素直に聞いてみた。
「どちらにしても、覚醒するまで待つだけだ」
全く、分かり易いな。
「ひとつ頼みがある。私のために聞いて」
「何」
「私が神木という名だと知っているのは、仁と文長だけ。だから、もし彼が覚醒したら聞いて欲しい。花穂の氏は何だと」
仁は黙って私を見ている、私に何を感じているのか分からない。
でも、分かったと了解してくれた。
信じていないわけじゃない。
でも信長は双子だと、彼自身が云った。
私は弟を知らない。
帰蝶もいない。
確かめる術はない。
六月が来る。
信長の一周忌法要は、もうすぐだ。
結局、歴史に残っていた事実と殆ど変わらぬ順序で、世の中は流れた。
少しずつ大袈裟に脚色されただけで、やはり歴史の渦は流れを変えることはない。
ただ目の前に眠る、この男を除いて。
やがて火傷は、治った。
しかし、その傷跡は以前の端整な文長の顔を一変させた。
眠る文長、眠り続ける文長。
何が原因かは分からない。
でも、文長は目覚めない。
「仁。前に文長が本物かどうかって聞いたでしょ。あれ、もういいや」
いつものように薬草を叩きながら、云った。
「そっか。俺も、もうどっちでもいいよ。文長でも弟の方でも。長隆は殉死したんだ。だから、もし本能寺で文長が死んでいても長隆と一緒だから。コイツが文長なら、目が覚めればすぐ分かるよ」
仁も、そう云って微かに笑った。
数ヵ月後、私がその人影を見つけたのは、仁に頼まれた薬を近くの老人宅へ届けた帰り道だった。
その人は一人で歩いてきた。
白い小さな包みを持って。
「帰蝶」
どれくらい、会っていなかっただろうか。
私たちの距離が、縮まってゆく。
一歩一歩、確かに近づく帰蝶の存在に私は涙がこぼれた。
「生きていたのね、帰蝶」
「こら、花穂が泣くことはないでしょう」
うん、と云いながら涙は止まらなかった。
「みんなが待っている」
あえて文長の名は出さず、医療所へといざなう。歩きながら、私は聞いた。
「帰蝶。その包みの方は誰」
「信長様よ」
私は足が止まり、暫し、その場を動くことができなかった。