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〜京極〜

『修羅界』2

「未央。お前ってさ、この世にいない存在だろ」
 そだね、と屈託無く笑う未央に、俺は何もできなかった。

 狂った両親の罪は大き過ぎて、償いきれるものじゃない。
「こんな傍系の親戚である京極なんて、今更菖に太刀打ちできる力なんか何も持ってないのに」
「ママがまた何かしたの」
 澪を誘拐してきた時も、暫くはこの家にいた。そのうち、湖畔の別荘に連れて行った。勿論、未央には会わせてないけど。
 あの時も、未央は両親のことを黙って見ていた。
 澪を俺と結婚させて、京極の力を増やすのだという馬鹿馬鹿しい考えは、未央にはどう映ったのだろう。

 未央。
 生まれる子は、女の子であるなら産まれる前から愛介の許嫁であることが決まっていた。
 それは直系に限りなく近い澪の母親の祖先と、傍系に当たる父親の祖先がその当時引き裂かれたことを憂いて、次に年頃の合う男女が産まれてきたならば結婚の約束をするというものだったと聞く。
 ただ、この話は一部の人間にしか伝えられておらず、俺は愛介本人から直接聞いたから知っていた。
 今時ではあるが、澪の母親は病院ではなく自宅で出産をし、澪を取り上げたのが助産婦の資格を持つ俺の母だった。
 澪は双子だった。
 縁起が悪いと勝手に決めつけ、双子として産まれてきたことを黙殺しその上、母は片方を隠してしまう。
 それが未央だった。

 最初は分からなかった。
 でも、そのうち両親が何をしたのか。理解した。
 小間使いの部屋に閉じ込められるように育てられていた未央を、自分の部屋へ連れてきた。
 そして育てた。
 この世から抹殺されてしまった未央への、せめてもの罪滅ぼしのつもりで。
 勉強も教えた。俺がいない時は、TVの教育番組を見せていた。
 でも、自分に分別がつくようになるに従い、何て恐ろしいことをしているのかと慄いた。
 いつしか京極の恒例行事にも参列しなくなった。
 母は怒り狂ったが、言うことは聞かなかった。
 それでも、京極の当主に俺を据えることだけを夢見る馬鹿な母だった。

 傍系が一体何百軒あると思っているんだ。そのなかで菖との当主交代に年齢の合う嫡子のいる家が数十軒。そして朗の字を持つ者が八人か。
 その内に、菖は手元に藤村桔梗しか置かなくなった。昔で言ったら、家臣という扱いなのだろうが、桔梗は決してそんな男ではない。
 菖にも、桔梗にも、今は将来を約束する女がいると聞く。
 もう時代が変わっているということを、身を持って教えてくれているように感じた。
「何が切り札だ。未央を隠したことの罪を、全て自分で背負って破滅するというのに」
 菖が、どんなに冷酷か。それは俺が一番よく知っている。
 彼奴は、自分の周りに寄ってくる腹黒い奴等を、片っ端から排除していったんだ。
 だから家は、京極と名乗るだけの傍系に成り下がったというのに。

 いつ死んでも、困らない未央。
 澪と入れ替えられ、俺と結婚させられるためにだけ生きてきた未央。
 結局、入れ替わりは失敗し、もう二度と表舞台に出ることのなくなった未央。
 両親と、本気で闘うことになるとはな。
 でも、もう間違わない。
 未央は、ここに生きている――。

「葦朗。どうしたの」
「何でもない」
 そう言って、未央の傍らに座り込む。
「未央。俺のために死んでくれ」
「うん」
 即答する未央に、悲しい瞳の色を見た。

 親を捨てるよ。
 そう言った俺に、未央は抱きついてきた。
「いいよ。どこまでも付いてく」
 小さな子が怯えるように、しがみ付く未央。
「だってしょうがない。戸籍なんてなくたって、好きなものは好きだもん」
 そう言って笑った。

 何が違ったのだろう。
 同じ“みを”という名の女の子。双子の、同じ血をわけた姉妹。
 澪は愛介が育て、そして結婚した。間もなく、高校にも復学するらしい。
 一方の未央は…
「私、倖せよ。この世にたった一人、葦朗だけを信じて生きてこられたから」
 だから、これから先、どんな修羅の世界が待っていようと…
「葦朗だけを愛してる」

 そう言って微笑む未央の言葉を聞きながら、この腕のなかの愛おしい存在に口付けた。
 この先に待つ、修羅。
 でも最后まで足掻くから。未央を、ちゃんと守るから。
 だから誰も知らない処で、京極の名を捨てて二人きりで生きてゆきたい。
【了】

著作:紫草


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