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『キスシーン』V

*****
 長いキスの最后に、瑠璃が囁いた。
「さっきの、ほんと?」
 唇を完全に離すことなく、本当だと答える。
 すると彼女の口角が少しだけあがり、息が洩れる。再び抱き締めて唇を寄せた。
 まるで覚えたての小僧のように、キスがしたくてたまらなかった。

「私、お遊びでいいよ。みんなにも内緒にする。誰にも言わない」
 そう言って、俺を見上げる。
「だから気が向いたら誘って、みっちゃんが恋人と別れたら。結婚するなら、もう逢わない」

 突き飛ばされるように、一瞬で瑠璃の体温を失った。
「本当は、愛人でもいいって言ってしまいそう。でも、そんなの許せない。みっちゃんがそんなことするなんて私が許さない。だから、みっちゃんに好きな人がいるうちは絶対逢わない」
 そう言って、部屋を出て行こうとする。
「待てよ」
 何、という言葉は背中越しだ。
「別れた。それだけ」

 瑠璃は、すぐには振る返ることはなかった。ただ出てゆくことも止めたようで、足はそこに留まったままだ。
「どうして急に、そんなこと言うの」
「お前が、俺に女がいると勘違いしてるみたいだったから」
 そこで初めて、こちらに振り向いた。

「勘違い…」
「そう。何度言っても信じないからな。俺には今、つきあってる女はいない。自分の気持ちに嘘つかないで、お前のことちゃんと見ていようと思ったから。それで、お前に本気で好きな男ができたら、それから忘れようと思ってた」
 中学の時、モデルにスカウトされた時もそうやって黙ったまま、この部屋のその場所で立ってたっけ。
 どうしようって。
 でも気持ちはやりたいって言いたいのに言えなくて、困ってた。

「こっち」
 俺は、自分の隣をポンと叩く。
 まだ来ないと分かっているのに。少しだけ、意地悪したくなった。
 自分で決めさせる。今も、これからも。
 それでも瑠璃は動かないよな。
 あの時も、そうだった。結局、俺が叔父さんと叔母さんを説き伏せたっけ。
 でも、今度ばかりは俺も動かない。
 迎えになんて、行ってやらない。

 だから、お前の意思で来て――

 もともと可愛かった。モデルの仕事を始めてから、瑠璃はどんどん綺麗になる。
 手の届かない場所へ行くんだと思った。
 でも、もし少しでも可能性が残っているなら。俺を選んで。
 その時、瑠璃がゆらりと動いた。
「みっちゃん。私、迷惑かけたりしない?」
「迷惑!?」
「みっちゃん。私と一緒にいて、後ろ指差されたりしないの」
 それは何を意味するんだ。
 従兄弟だからか。卵とはいえ、芸能人だからか。
「瑠璃は、いったい何をしたいの」
「みっちゃんの女になりたい」
「とっくになってる」
 言い終わらない内に、胸の中に瑠璃がいた。

「キスして。瑠璃から」
 ゆっくり近づく瑠璃の瞳が、静かに閉じてゆくのを見た。

著作:紫草

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