大昔。
空に我等、龍神が多く飛び交ふ、その下に――
捜しに出た露智迦が、闇に捕らわれそうだと感じた。
何かが起こってしまってからでは、取り返しがつかない。
伽耶は慌てて、なうらの後を追う。
「私も行く」
土蜘蛛を心底恐れる迦楼羅が、闇夜に出てくることは珍しい。
「何か感じるのか」
伽耶が尋ねると、彼女は黙って頷いた。
何か嫌な予感がする。
露智迦に危険が迫っている。
「なうらは?」
山へ行ったという意味を込め、顎で山を示した。
「今宵は朔だな」
迦楼羅は月のない空を仰ぐ。
「お前は来るな。俺が行く」
「もう遅い。露智迦が蜘蛛に見つかった…」
なうらの様子が分からない。自分だけが跳ぶわけにもいかずにいる。
そんな様が視てとれる。
「場所、分かるか?」
迦楼羅が頷くと同時に、伽耶の腕を掴み跳んだ。
「勘違いです。私は彼とはただの友です。土蜘蛛の世界に来る約束などしていません」
大勢の蜘蛛に囲まれて、二人は立っていた。
伽耶と迦楼羅は少し離れた、木立の陰に身を潜めた。
同じことを繰り返すなうらに、蜘蛛たちがざわめいている。
〔若の女だ、間違うわけない。こいつを連れていけば褒美がもらえる。人の女を攫ってこられる〕
蜘蛛たちが異口同音に叫んでいる。
「あいつら…」
「伽耶、このままでは皆で捕まってしまう。お前との繋ぎをしている蜘蛛はいないのか」
迦楼羅が言うと伽耶は長く蜘蛛たちを探るように見ていたが、諦めたのか首を横に振った。
その時だった。伽耶と迦楼羅もまた、蜘蛛の糸に絡めとられた。
土蜘蛛の中に連れていかれては、もう二度と地上へ戻ることはできない。
迦楼羅は必死にもがいたが、糸は決して切れることはなくその糸の持ち主に触れられた途端、意識を失った。
暫くして意識が戻ると、迦楼羅は露智迦の腕の中にいた。
≪どうなった≫
≪気付いたか。なうらの友だという蜘蛛が話をつけた。王の手には落ちない≫
辺りを見渡すと、真っ暗闇というわけではなく目が慣れてくれば動くこともできるだろうと思われた。
≪迦楼羅。油断するな、全ての蜘蛛が納得しているわけじゃない。後ろから飛びかかられれば一貫の終わりだ≫
やはり土蜘蛛は好きじゃない。そんな思いと共に、背中を冷たい汗が流れた。
〔まず、そこの者が出よ。次はお前だ〕
王が指したのは最初が露智迦、次に伽耶だった。
しかし伽耶はそれに異議を唱えた。
「人の世では、女はか弱い。先に出してくれ」
と。
王は若い蜘蛛と話しているようだが、迦楼羅には蜘蛛同士が牽制しているようにしか見えなかった。
〔分かった。では女、お前から出るがいい。次になうらだ〕
そう言って腕を取られた。
「触るな」
迦楼羅が蜘蛛の手を振り解こうとすると、地面に叩きつけられた。
「何をする」
露智迦と伽耶が迦楼羅を庇う。なうらも心配そうに駆け寄った。
〔女はまとめて出てゆけ。次は必ずこちらの物になってもらう〕
迦楼羅は、なうらの手を借りて立ち上がると小さな窪みのような穴に向かってゆく。続いて伽耶、露智迦の順で歩いてきていた。
外に出る。
「早く!」
刹那、穴が消えた。
「露智迦が…」
閉じ込められた――。
それはまた別の機会の、お話ということで…
【了】