『愛花』
一月三日。
その日、大崎充(おおさき みつる)は駅のホームに立っていた。
半年の約束で入った、代用教員。
とある高校の普通科で、数学を教えてきた。
しかし、もともと半年の約束だった。それを、
「三ヶ月早く打ち切ることになったから」
と云われても、大崎には頷くしかない。
楽しい四ヶ月だった。
否、今も残りたい気持ちが大部分を占めている。
高校教師が、こんなにも魅力的な職業だとは思わなかった。日常の勉強、進学、家庭の問題、そして、恋。
十五から十八までの、これまでガキだと侮っていた年齢層の子供たち。
でも彼等は彼等なりに、真剣に生きていた。そして自分にも、そんな時代があったことを思い出させてくれた。
高校から私立の進学校へ進み、エスカレーターで大学に進んだ。
周りは受験のライバルで、仲のいい振りをしているだけのような、そんな薄っぺらな関係の友人しかいなかった。
恋をしたら、負ける。そんな高校で三年間を送った大崎には、目の前の子供たちが生き生きして見えた。
本来の職場も年頃の女なんていない。男女に関係なく、実力がものをいう世界で仕事をしている。もしかしたら、人の感情に餓えていたのかもしれない。
大崎は、生徒である篠山愛花(ささやま あいか)に恋をした。
教師である自分が、である。情けない話だ。
しかも当然、その想いは打ち明けられない。
これで元の職場に戻ったら、また女っ気ゼロに戻るわけだ。
どうしてタイプの女に、こんな場所で出逢うかなぁ。
初めは、気の強い女だと思った。
成績は抜群。なのに、大学へは進まないと云う。
新聞記者の父親と二人暮らしだった。それで早く家を出たいのかとも思った。
しかし何を聞いても、愛花は教えてくれなかった。
そのうち、彼奴から目が離せなくなった。
これが恋だということは、大莫迦者でも気付くだろう。
その矢先、打ち切りが決まった。
二学期の終業式。
あっさりとした別れの挨拶を済ませ、学校を後にした。その後、何の変化もないままに新年を迎え、予定通りの三日、駅のホームに立った。
切符改札機が一台あるだけの、小さな駅。売店は十一時から午後二時までしか開いていない。ジュースの自販機もホームにはなかった。そんな駅。
そこに多くの生徒を見つけた時は、流石に目頭が熱くなった。担当した三年五組の面々は、それなりのお洒落をして見送りに来てくれていた。ドラマのように、言葉が飛び交うことはない。それでも、みんな揃って見送ろうと、思ってくれたことが嬉しかった。
当然、そこに愛花を捜す。
しかし、どんなに捜しても愛花の姿は、そこには無かった。