『愛花』
その記者発表から二週間後。大崎は研究室の片隅にあるソファに身を沈めていた。
発表したはいいが、今度は、業界だけでなくマスコミからも追われ始め、教授が愛人を連れて海外逃亡したがために、全てのプレスは大崎のアポイントを取ろうと、片っ端から電話を掛けてくる。
そこへ別の研究チームの人間が入ってくる気配がした。その声が教授だということは、すぐに判ったが声をかけるのも面倒で、寝た振りを決め込んだ。こんなことは日常茶飯事。お互い様でもある。
随分、打ち解けた感じで話しているのが分かる。
相手は誰だろう。
大崎は興味を持った。研究室に残るような物好きは好奇心の固まりと決まっている。それが、どんな下らないことでも、気になり始めると確認するまで気が納まらない。
「横山教授、ご機嫌ですね」
そう云いながら、スチール製の本棚脇から顔を出した。
!
そこには、あの篠山崇の姿が再び現れたのである。
「いつか会うと思っていましたが、こんなに早いとは思いませんでした」
篠山の声は落ち着いていた。
「横山教授、彼は」
「あ〜、食いつかれた新聞記者だ。医療現場のことを書いている。何だ、知り合いだったのか」
何も知らない横山は、旧交を温めろと退室した。
「先日は失礼しました」
篠山は席を立つと、そう云って頭を下げた。
「いえ、こちらこそ失礼な態度をとりました」
「プレス発表直前なのは分かっていましたので、別に時間を取ろうかと思ったんです。もっと上手く説明できれば良かったんですが、どうして知ってると云われても、横山教授に迷惑がかかってしまうし、本当に申し訳ありませんでした」
篠山は、あくまで紳士的な態度を崩さなかった。
これでは、大崎の個人的な感情は無いも等しい。何だか、相手の人間としての大きさに脱帽してしまっていた。
「もし大崎先生がご迷惑でなければ、家に来ませんか?」
大崎の瞳は、きっと五割り増しに見開いただろう。そして即座に答えていた。
「喜んで」