『愛花』
ゆっくりと、電車が動き出す。
しかし車内にいた篠山愛花には、誰も気付くことはなかった。
手すりにつかまり、少しだけホームに目を向けると、クラスメートたちが、ずらっと並んで見送っているのが分かる。
大崎が、最後尾の車両に乗り込むのを確認する。大袈裟に手を振る大崎の姿が、何だか滑稽にも見えた。
口元に、小さく笑みを作り、隣の車両に座り込んだ。
一つ隣の駅を過ぎ、二つ目の駅を過ぎた時、愛花が席を立つ。
そして歩き出した、大崎のいる車両へと。
決心…
このまま会わずに帰ることもできる。
でも、決めた。
“好き”という気持ちには、種類があると云う。自分には、その違いが解っていないのだとも。
だから行く、その差を知るために。
こげ茶色のロングスカートが、愛花の気持ちを表すように、ひらりひらりと揺れている。一歩、また一歩と電車に揺られながら、歩く。大崎は音楽を聴いているのだろう。耳に繋がるイヤホンのコードが見えていた。
やがて、大崎の真ん前に立つ。
四人が向かい合わせに座るBOX型。
普通なら、わざわざ立ち尽くす人間はいないだろう。大崎が不愉快そうな顔をするのが分かる。次に、その失礼な人間を確認しようとする。そして、そこに見つける、自分が恋した愛花の顔を──。
「どうして…」
愛花は、驚いた大崎の言葉を聞きながら、隣の席に座った。
「ホームで見送るって聞いてなかったから」
愛花は、真正面を向き答えた。
嘘は言ってない。
ただ、話さないことがあるだけ。
「でもね、終着駅までは行けないの。有り金はたいたけど、あと四つ先までね」
そう云って首を竦める。
「愛花…」
大崎の囁きは、優しかった。
「お父さんは知ってるのか?」
「今日のこと?」
大崎の表情は微妙に曇る。
が、暫く間があった後、ああ、と頷いた。
「知ってるよ。連絡網の電話取ったの、父だから」
「そっか」
大崎が、その言葉を聞いて何かを考えているような感じになった。何かを話す雰囲気ではなく、そのまま次の駅に到着し、あと三つね、と愛花が笑った。
「愛花。このまま家まで来ない?」
???
その言葉の意味を把握できずにいた愛花の顔には、きっとクエスチョンマークが並んでいただろう。
「何しに?」
「俺の告白を聞くために」
!!
今度はエクスクラメーションか。
愛花の口からは、何の言葉も出なかった──。